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そろそろ弾劾? [仕事]

昨日シフトで担当したCNNでは、いよいよロシアゲートの
調査報告書が大詰めを迎えているというニュースが
入ってきました。議員の中には「大統領の弾劾を」と
口にしている方もいます。

中学校の公民科目で初めて「弾劾」を知りましたが、
あまり日常生活ではお目見えしませんよね。
けれども、ひょっとして近い将来、アメリカでは
現職の大統領を弾劾するというシナリオもありうるかも
しれません。そうなると、大きなニュースとなるでしょう。
よって、こうした世界情勢の将来を見据えながら
放送通訳者はそのXデーに備えることになります。

私のリサーチ方法はいたってシンプルです。
キーワードを入力し、グーグルの「画像」検索結果に
まずは絞り込んでみるのです。今回は「大統領 弾劾 手続き」と
日本語で入れたところ、図解説明のページがいくつかヒットしました。

長文説明を読み進めるよりも、図でざっくりとらえることが
できれば時間節約になります。しかも、私の場合、まずは母語である
「日本語で調べること」が大事です。その方が理解をする上で
速いからです。その後に、同じくグーグルで"US President
impeachment procedure"と入れて、同じく画像で絞り込みます。

ここでヒットした画像をそれぞれコピーさせていただき、
今度はワード文書に貼り付けます。
まずは一枚目に日本語の画像を貼り、改ページをして
2枚目に英語の画像を添付します。
それから印刷機能で「2アップ」を選ぶと、A4用紙1枚に
2ページ分が割付されて印刷されます。こうした状態で印刷し、
左側に日本語、右側に英語を表示させるのです。
これで「マイ対訳版」が完成します。

あとはこの紙を自分の通訳ノートに糊付けして、
ひたすら頭の中に叩き込みます。Xデーがいつになるかは
不明ですが、このような事前準備がカギを握るのも
放送通訳の世界の特色です。

ちなみに私の場合、「アラビックヤマト液状のり」の
消費はかな~り早い方です!
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意外な検索結果 [仕事]

先日、アメリカのブッシュ元大統領(父)が亡くなりました。
94歳でした。最期は友人でもあるベーカー元国務長官に
見守られつつ、子どもたちとも電話で言葉を交わしながら
旅立たれたそうです。

CNNでもこのニュースは大きな扱いでした。
ベーカー氏は亡くなる日の朝、ブッシュ家を訪れたそうです。
その際、ブッシュ氏はベーカー氏に"Bake where are we going
today?"と尋ねました。そこでベーカー氏は"We're going to heaven"と
答えたとのこと。するとブッシュ氏は"Good, that's where I want to go."と
応じたそうです。

このやりとりがすでに日本のニュースで報道されているので
あれば参考にしたいと思い、シフトに入っていた私は
グーグルのニュースで検索をかけてみました。
入力したキーワードは「ブッシュ ベーカー」です。

結果として出てきたのは、確かに父ブッシュ氏の最期の
ニュースが多かったのですが、意外な結果も紛れていました。
見出しには「一流ホテルのクリスマスケーキ」とあります。

なぜクリスマスケーキが?

気になったのでクリックしたところ、なるほど、合点がいきました。

その記事にはケーキの種類としてブッシュドノエルが
あり、また、「ベーカリー」との言葉も入っていました。
「ベーカー」の「ベーカ」に反応したのでしょうね。

面白かったのでその記事自体も読み進めてみましたが、
いやはや、最近のクリスマスケーキは美しくてまさに
芸術作品です。見とれてしまいました。

・・・と気付いたら、本番まであと数分!
大変大変、脱線していて準備不足に陥りそうでした。
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パタンと閉じる [仕事]

先日の日経新聞に仕事の進め方に関する記事がありました。
日経新聞ではときどきライフハックス的な特集が
掲載されており、とても参考になります。その日の記事は、
どのようにすれば複数の仕事をミスなく取り組めるかという
内容になっていました。

新聞自体を処分してしまったため、記憶でこの文章を書いて
いるのですが、心に残った一文があります。それは
今取り組んでいる仕事中、たとえば上司から別の仕事を持ち込まれたら、
現在進行形のノートやファイルを「パタンとと閉じて」
新しい書類を机の上に広げること、というものでした。

なぜかと言いますと、複数のものを広げたままでは
視覚的にごちゃごちゃしてしまい、集中できなくなってしまう
からなのだそうです。そうなるとミスも生じてしまいます。
物理的に「パタンと閉じて」今目の前のことに集中する。
そのことを著者は勧めていました。

以来、私も机の上にはなるべくごちゃごちゃ置かず、
視覚的に集中できる環境を作ろうと意識するようになりました。

ほんのワンアクションが大きな成果につながるのであれば
これは使わない手はないですよね!
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「一貫性がある」ということ [仕事]

先日、とある研修会でかつての教え子と再会しました。
本当に数年ぶりでした。聞けばその研修会で私が
指導していることを知り、わざわざ申し込んでくださった
そうです。事前に受講生名簿をいただいていた段階で、
「あれ?見覚えのある名前だなあ」と思ってはいたのですが、
同姓同名なのかしらとも感じていたのです。けれども当日、
思いがけず再び会うことができ、また、元気な様子を
見られてとても嬉しく思いました。
昔、指導した受講生たちがそれぞれの人生を歩み、
社会に貢献して活躍している姿を見ると、
本当に教師冥利に尽きます。

授業終了後、その教え子はわざわざ私のところまで
来てくださり、こう述べてくれました。

「昔、スクールに通っていたときに先生がおっしゃって
いたことと、今日、教えてくださったことは
すべて一貫性があって、本当によくわかりました。」

彼女いわく、私が授業中に述べたこと、
たとえばアウトプットで気を付けることや
声の出し方、お客様のことを考えることといった点が
昔の私のそれとぶれていなかったのだそうです。

私としては取り立てて意識していたわけでは
ありませんでしたので、このフィードバックは
うれしかったですね。なぜなら私が
この仕事をする上で一番重視するのは、常にお客様の
ことだからです。それが私の指導に反映されていて、
そのメッセージが教え子に伝わったのであれば、
これ以上の喜びはありません。

「一貫性がある」ということ。

これは指導に限らず、色々な部分にあてはまることだと
思います。

たとえば音楽。

私は指揮者のマリス・ヤンソンスが大好きなのですが、
マエストロのCDを聴き比べてみてもやはり一貫性があると感じます。
目下、気に入って聞いているのがマーラーの交響曲第一番。
ロイヤル・コンセルトヘボウであれ、オスロ・フィルであれ、
バイエルンなど、ヤンソンスがタクトを振るマーラーの一番は
何点かあります。

しかもどのオケであれ、ヤンソンスが導くメロディには
一貫性があるのです。もちろん、個々の楽団に
それぞれ音色などの特徴はあるでしょう。
けれどもそれはそれとして、ヤンソンスが奏でるテンポ、
雰囲気などは一貫しているのですね。

それだけに、たとえ同じマーラーの一番であっても、
指揮者が異なってしまうと、どうも私は違和感を覚えるのです。
多様な指揮者・楽団の演奏を聞いた方が世界も広がるのでしょう。
それはわかっているのですが、私としては、
一貫性のある演奏に安心します。
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思い切って行動する [仕事]

このブログでも以前紹介した認知行動療法の大野裕先生。
日経新聞では毎週、大野先生のコラムが掲載されています。
先日は「心配でも少しだけ頑張ろう」というタイトルの文章が
出ていました。

印象的だったのは、次の一文です。

「あまりに心配になり行動を制限しすぎると、
できなかったという体験だけが残り
自信をなくしかねない。だから、心配なときにも
思い切って行動して、どのような結果になるかを
確認する必要がある。」

これは通訳者になりたての頃の私がまさにそうでした。

難しい案件を引き受けてしまい、当日が近づくにつれて
どんどん不安になっていったのです。

「やっぱり私には無理なのではないか?」
「どうして安請け合いしてしまったんだろう」
「私程度の通訳力ではお客様に迷惑をかけてしまう」

こうした思いが頭の中を占めるようになってしまったのです。

当時は携帯電話も普及していませんでしたので、
何を思ったのか、私は真夜中にエージェントの事務所へ電話していました。
「ダメです、できません、降ろさせてください」と
言うためでした。ところがもちろん、夜中ですので誰も
出ません。仕方なく翌朝、私はトボトボと会場に向かったのでした。

あれほど不安だったものの、実際通訳業務が始まってみると、
自分が想像していたほど困難というわけではありませんでした。
つまり、大野先生の述べるところの「思い切って行動」をして、
その結果、「確かに予習は大変だった。でもやってみて
良かった」と思えたのですね。

そう考えると、大事なのは「不安に押しつぶされず、
まずは取り組んでみる」ということになります。
スマホもメールもない時代であったがゆえに、
自分の通訳者としての道が開けていったのかもしれません。

(日本経済新聞2018年11月19日より)
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潔くあきらめる [仕事]

セミナーで質疑応答時間になった際、「通訳者か翻訳者、
どちらになるべきか迷っています」というお尋ねを受けることが
あります。「英語は好きだしそれを仕事にしていきたい。でも
どちらが自分に向いているのかわからない」というお悩みです。

この2つの選択肢を前に迷ったことは、私自身、経験が
あります。20代のころでした。通訳業務も好きなのですが、
その場で瞬間的に訳語が出てこず、悔しい思いをしたときに
この問いが頭の中に浮かぶのです。「翻訳であれば
じっくりと訳語を練れたのに」という無念さです。

運よく当時、通訳業務以外に翻訳の仕事を頼まれたことが
ありました。映像翻訳です。ドキュメンタリーの原稿を作成し、
読み合わせもしてナレーターが読みやすいよう、
尺合わせもして耳から聞いてわかりやすい語も練るという、
非常にやりがいのある仕事でした。じっくり調べ物も
できます。また、当時は子どもたちが小さかったので、
保育園に預けている間に集中して自宅作業を進め、
お迎えに行っていました。ワーク・ライフ・バランスが
とれる仕事でした。

けれどもしばらくすると私は行き詰まりを感じてしまいました。
これは自分の体の構造上の問題(?)だとも思うのですが、
どうも「家の中で一日中じっと作業をしていること」が
性に合わないと思えてきたのですね。歩いて駅まで出かける、
電車に乗る、街を行きかう人を眺める。そういった
何気ないことが、私自身の心に大きな影響と刺激を与えていると
改めて感じたのです。

映像翻訳も好きな作業でした。自宅で仕事ができるというのも
大きな魅力です。けれどもその時の私は、「とにかく外にまた
出たい!」という思いがどんどん募っていきました。
その結果、少しずつ外の通訳業務を増やし、自宅作業を
減らしていったのです。

あの時私は自分の価値観や能力を客観的にとらえ、
自宅作業は自分に向いていないと結論付けました。
その結果、翻訳に関しては「潔くあきらめる」という選択をしました。
それは今でも間違っていなかったと思っています。

自分には向いていない。
自分が想像していたこととは、やはり異なる。

そうした気づきが心の中で出てきたのであれば、
ズルズルと「現状」に引っ張られるよりも、
それを良い意味で「捨てて」次に進む勇気も必要だと思うのです。
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褒めて育てること [仕事]

私が子どものころというのは、教育の世界は今と大いに異なりました。
今のように「褒めて伸ばす」というものからは程遠かったのです。
先生は常に怖い存在。子どもたちは叱られないようにと
緊張していました。

確かに、これはこれで「けじめ」があったのかもしれません。
けれども時代によって価値観は変わります。
昔のやり方だけを押し付けたとしても、もはや後進が付いてこない
次代となっているのです。

これは教育現場に限りません。クラシックの世界でも同様だそうです。
そのようなことを指揮者のパーヴォ・ヤルヴィさんが述べていました。
以下、日経新聞のインタビューから印象的だった箇所を
ご紹介します。

「(首席指揮者は楽団員たちと)時間をかけてお互いを理解し、
信頼関係を築いていきます。信頼関係の構築に
近道はありません」

「(人間関係の築き方というのは)日々の仕事の中で、
失敗を積み重ね、試行錯誤しながら身につけていくしかないのです」

「指揮者が威圧的な態度だと、奏者のモチベーションは
上がりません。モチベーションが上がらなければ、
演奏にも響く。相手を脅して言うことを聞かせようとするのは、
非常に非生産的なやり方です。」

かつて私は若かったころ、通訳者デビューを果たすべく
スクールに通っていました。当時の指導はスパルタ方式。
講師も非常にオソロシイ存在でした。ヤルヴィ氏が言う
威圧的な態度は当たり前だったのです。けれども私はこれに
疑問を感じ、結局退学しました。伸びるはずの能力が
強権的な雰囲気のクラスでは発揮できないと感じたからです。

今、振り返ってみて思うこと。それはあの時の自分は
あの時点で最善の選択をしたのだ、ということです。
なぜならクラスの中で鬱々と過ごすのではなく、
自力でエージェントにダメモトでアプローチし始めることとなり、
それがデビューにつながっていったからです。

そう考えると、私に「動き出すパワー」を与えてくださったのは、
他でもない「威圧的な講師」だったのかもしれません。
途中経過が何にせよ、終わりよければすべて良しということになります。

ちなみにヤルヴィ氏の師匠は、あのバーンスタイン。
若きヤルヴィ氏の指揮を見るやバーンスタインは
"Great! Sensational! Fantastic!"と褒めちぎり、持ち上げたそうです。
そしてその後に改善個所を厳しく注文してきたとのこと。
褒められた後なので素直に聞き入れたとヤルヴィ氏は述懐しています。

(「私のリーダー論㊤」NHK交響楽団パーヴォ・ヤルヴィ首席指揮者
日本経済新聞2018年11月1日木曜日夕刊)
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恐るべし、検索ワールド [仕事]

放送通訳をしていると、色々なニュースが出てきます。
戦争、伝染病、事件、事故、政治、スポーツ、経済など
挙げればエンドレスに続きそうです。私自身の
得意分野もあれば、出てくるたびに冷汗をかきながら
同時通訳するテーマもあります。毎回、その都度勉強です。
どのようなニュースであれ、画面をしっかりと見ながら、
登場するレポーターやゲストなどの口の動きや表情などを
読み取りつつ、ひたすら通訳を続けます。

とは言え、「どーしても画面を真正面から見られない」ニュースも
あります。私の場合、「爬虫類が出てくるニュース」です。
特にヘビが大の苦手です。先日も中国からの話題で、
とある銀行のスタッフミーティング中、天井から
大蛇が振ってきたというびっくり仰天ニュースがありましたねえ。
しかもCNNの編集サイドが面白いと思ったのか、何度も
再生しては流し、しかも次の時間帯でも取り上げていました。
その都度、なるべくヘビを見ないように通訳したのでした。ふー。

一方、比較的直視できるのが紛争地帯からのニュースです。
伝染病や飢餓などの話題もそうなのですが、真正面から見つつ、
必死に通訳をしています。記者たちが命がけで撮影した話題ですので、
何としてもそれをきちんとした日本語にしたいという思いが
あるからなのかもしれません。負傷者やご遺体、血だらけの光景なども
目に焼き付けるようにしています。こうしたニュースが少しでも減る、
そんな世界を願っています。

ちなみに映画館に出かけた際、色々な予告が流れますよね。
そちらの血だらけ映像は全くもって直視できません。
おどろおどろしいBGMが流れ始めれば大体の内容が想像できますので、
「あ、サスペンスの予告かな?」と思うや、目をつむってしまいます。
それぐらい苦手です。

放送通訳現場ではちゃんと見られるのに、なぜ人工的に作られた
映画では見られないのか、我ながらフシギです。

ところで先日、授業準備でワニのことを調べました。
するとその翌日からネットの広告画面には「爬虫類センター」などが
出てくるではありませんか。苦手だというのに・・・。

恐るべし、「自立学習・検索ワールド」!
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職人 [仕事]

「通訳者」と言えば、「英語=頭を使う=頭脳労働」と
思われるようです。確かに語学だけでなく
たくさんの知識を吸収する必要があります。
よってアタマは非常に使います。座り通しの仕事なのに、
なぜか業務終了時にはフルマラソンを完走したかの如く、
グッタリします。

ただ、私自身はこの仕事をむしろ「職人」だと思っています。
先日読んだ森川智之さんの本「声優 声の職人」
(岩波新書、2018年発行)にも「職人」ということばが
出てきました。

この本に遭遇したのは、たまたま書店で手に入れた
岩波書店の新刊案内パンフレットです。そこに
出ていたのでした。実はそれまで森川さんのお名前を
存じ上げていなかったのですが、映画「ズートピア」の
キツネのニック役をなさっていたのが森川さんだったのですね。
他にもトム・クルーズの声や、様々なボイスオーバーを
担当されています。

本の中で森川さんは次のように述べています。

「吹替えという仕事は、作り手の思いを伝えるお手伝いだと
思うんです。トム・クルーズがかっこよければ、
吹替えもかっこよくなければいけない。
感動させるところでは感動させないといけない。」

これは通訳者も同じだと思います。たとえば放送通訳の場合、
戦場で現地特派員が命がけでレポートを作成してきたのであれば、
その労力と現地の状況を自分のこととして受け入れた上で
通訳しなければ視聴者には伝わらないと私は思います。
大げさに感情を入れる必要はありません。ただ、あまりにも
淡々と訳してしまったり、あるいは「全訳せねば」と焦って
しまって早口になってしまえば、せっかくの映像とマッチしなくなります。
特派員本人の気持ちを汲みながらどうすべきか、いつも私は
考えています。

もう一つ、森川さんは「アニメの声優になりたい」という
後進についても綴っていました。中でも「アニメやゲームが
好きなので声優になりたい」という人たちに対しては
こう述べています。

「もし声優になりたいならば、アニメばかり観ていたり
ゲームばかりしていてはダメだ」

なぜでしょうか?それは、声優という仕事が演じる仕事であり、
最終的に作品を楽しむのはファン、つまり消費者だからです。
演じるためには人間観察をしたり、様々な経験を積む方が良いと
森川氏は説いています。

通訳の世界も同様です。英語「ばかり」勉強するよりは、
多様な実体験をしたり、たくさんの本を読んだりする方が、
知識も身につきますし、それがひいては話者のイイタイコトを
とらえる実力に結び付きます。

あくまでも私は「職人」という気持ちで、これからも
この仕事を続けていくつもりです。
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引きずってはいられない [仕事]

「英日の逐次通訳をしている時、間違えると落ち込んでしまい、
その後の英文がまったく頭に入らず、訳し続けられません。
どうしたら良いですか?」

指導先でこのご質問を何度か受けたことがあります。
通訳者とて人間であり、機械ではありません。
誰でもいつか、どこかで間違えてしまうということは
あるのですよね。

私などいまだにここだけの話(あ、でもこうして
書けば全然secretではないですねえ)、よく
ミスをしては真っ青になっています。ただ、経験と共に
「致命的なミス」をする割合は減ってきました。
そのために必要なのが「徹底的な事前予習」です。

それでも本番中、たとえば放送通訳のニュースで誤訳を
してしまった場合、挽回はなかなか難しいものです。
と言いますのも、ニュースの場合、訂正をするとその分、
次に訳すべき内容を削らざるを得なくなるからです。
時間的な制約があります。

ちなみに私が携わっているCNNやCBSの場合、
事前に一度でもレポートを見ておく、つまり
「半生同通」で臨むことはできません。
まさにその場その場の真剣勝負なのですね。
確かに当日のシフトに入る際、ネットのニュースを見ることで
「出てきそうなニュースの山かけ」はできます。
けれども、実際本番にならないと、何が飛び出すかわからないのです。

そうした最中に単語がわからず言葉に詰まりそうになったり、
思い込みの誤訳で後から焦ってしまったりということは
当然出てきます。ただ、大事なのは、そこでどうメンタルを
切り替えるかなのです。

私の場合、「聞き取れない」「誤訳した」と気付いたら、
とにかくいち早く頭を切り替えるようにしています。
つまり、「引きずらない、絶対に!」と強く自分に言い聞かせます。
なぜなら、聞き取れなかったことも誤訳したことも、
こればかりは「数秒前に起きてしまった『事実』」であり、
その「過去」を消し去ることはもはやできないからです。

頭の中が「ああ、どうしよう!?」とパニックになったところで、
単語の意味を思い出せるわけでもありません。
間違えた訳を無かったことにすることもできません。
今、自分に唯一できることは「過去を引きずらず、
ただひたすら目の前の『今』に集中すること」だけなのです。

私自身、そのような捉え方ができるようになるまで、
ずいぶん時間がかかりました。人間というのは失敗すれば
当然悔やむものですし、後々、心の中に傷を残すことにもなります。

それでもなお現実を直視して、自分のミスを認めて、
二度と同じ間違いを繰り返すまいと心に誓うことだけが、
前に進めさせてくれる、と私は信じています。

このことに私が気づかされたのは通訳現場だったのですが、
実は日常生活における人間関係やその他もろもろのことでも
応用できると思うようになりました。過去は過去。変えられません。
あとはどう自分がそれに向き合うかなのです。
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