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自分なりの「儀式」 [日々の暮らし]

仕事や日常生活において自分なりの「儀式」というものが
ありますよね。たとえばサッカーの試合をテレビで見ていると、
選手入場の際、芝生を触る選手がいます。
ゲン担ぎと言ってしまえばそれまでですが、
その一方でその行為をすることで自分が安心できるのですから、
私はそうした儀式が好きです。

私の場合、放送通訳のスタジオで意識している
「儀式」めいたことがいくつかあります。

たとえば椅子の高さ。目の前に生放送中のテレビ画面が
しっかりと見られるように椅子を高く引き上げます。
姿勢を良くするためにあえて高くしているとも言えます。
背筋がピンと伸びると発声も良くなると思っているからです。

さらにデスクの上も、手元には資料、画面の前に電子辞書、
左手側に参考資料、画面右手前に水のボトルを置くようにしています。
年月とともにそのようなスタイルをとるようになりました。
ただ、水の置き場所にはこだわりがあります。
あえて画面右側に置くことで、スクリーン上の時計を
見ないようにしているのです。
以前は時間を見ながら通訳していたのですが、
時間を見てしまうと『わぁ、まだ残り15分もある!』と
気分が滅入ってしまうため、時計が隠れるようにして
置くようになりました。

あとは本番前に手持ちの日本語新聞を音読して発声練習をしたり、
水を一口飲み、喉を潤したりということもします。

放送通訳の場合は横長のデスクを一人で利用するので色々と広げられるの
ですが、会議通訳では会場によって机の大きさもまちまちです。
それを2,3人の通訳者で共有となると、なかなか手狭になります。
今後はぜひ会場設置者に通訳ブース内の机を広くとっていただけたらと
願うばかりです。

ちなみに移動に関しての密かな私なりの「儀式」もあります。
新幹線を利用する時に限るのですが、帰路の新幹線で
必ずアイスクリームを買うことにしているのです。
出張であれプライベートの旅であれ、です。
新幹線に乗ったらあとは帰宅するばかり。
「今日も出張先で頑張った」「旅先で楽しい思い出ができた」
という具合に、過ぎた一日を振り返りつつ味わいます。

そのようにして帰宅後の家事(結構たまっています!)に備えているのです。
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黄色い線 [日々の暮らし]

時代と共に変化してきたなと感じることが
日常生活ではあります。

たとえば駅のアナウンス。
昔は「危険ですので白線の内側までお下がりください」
と言っていました。けれども最近は黄色い点字ブロックが
白線の代わりとなり、アナウンスも「危ないですから
黄色い点字ブロックまでお下がりください」となっています。

ところで点字ブロックは日本で結構見かけますよね。
昨年出かけたイギリスではと言うと、意外と少なかったように
思えました。ちなみに「点字ブロック」はアルクの英辞郎によると
Braille blockです。Brailleとはフランスの視覚障害者ルイ・ブライユの
ことです。ブライユが1821年に点字を発明したのでした。
人名では「ブライユ」ですが、英語発音は「ブレイル」となります。

なお、英文Wikipediaでは点字ブロックのことをtactile pavingと
紹介しています。tactileは「触覚の」という意味です。

ちなみに東京・高田馬場には「日本点字図書館」があります。
また、自治体の図書館でも目の不自由な方向けに
さまざまなサービスを実施しています。たとえば
千代田区立図書館のサービスはこちら:

https://www.library.chiyoda.tokyo.jp/guidance/services/handicap/

国立国会図書館でもあるようです:

http://www.ndl.go.jp/jp/library/supportvisual/supportvisual-01.html

一方、ロンドン中心部にあるウェストミンスター地区の
図書館でも多様なサービスを提供しています:

https://www.westminster.gov.uk/accessibility-westminster-libraries

語学レッスンは無料、というのも素晴らしいですよね。
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 [日々の暮らし]

かつては運転が大の苦手でした。
子どもたちが小さかったころ、行楽地からの帰り道に
追突事故を起こしてしまい、以来怖くなってしまったのです。
睡眠不足が原因でした。「運転は慣れだよ」と
慰めてくれる周囲もいましたが、もしまた何かしてしまったら
という思いが消えなかったのですね。

市街地は人や自転車が多いですし、高速道路は皆が
飛ばしているように見えます。何度か首都高速を
走ったことがありますが、たった2車線で路側帯もなく、
慣れたドライバーたちが大いにスピードを上げています。
ハンドルを握る私の手は汗ばみ、運転後は緊張感で
ドッと疲れが出てしまうのです。
このようなことからずっと敬遠していました。

ところが仕事の都合上、車を使わざるを得なくなり、
ここ数年は車での移動が大いに増えました。
高速道路の運転もしかりです。この秋は仕事をかけもちしている
ことから、首都高速を使って夜間に都内へ移動するようにも
なりました。最初のうちは大いに緊張していましたが、
毎回同じ首都高を走っていると勝手がわかってきます。
周りの景色を見る余裕も出てきたのです。

特に今の時期は日暮れが早く、都内の夜景を堪能できます。
都心へ向かう首都高から見えるのは、そびえたつ
スカイツリーや高層ビルの景色です。オフィスビルは
どこも煌々と電気がついており、それがイルミネーションとして
景色を華やかにさせています。

中でも最近のお気に入りは、足立区の荒川にかかる五色桜大橋
という橋です。新しい橋なのですが、青と白のLED照明に
照らし出された橋は本当に美しく、いつも見とれてしまいます。

「橋」というのは私たちの日常生活に身近な存在としてありますが、
あまり注目してこなかったなあと私自身省みています。

そこでお勧めなのがこちらの本。五色桜大橋は出ていませんが、
日本全国の美しい橋がカラー写真で収められています。


橋の物語―泉満明写真集

橋の物語―泉満明写真集

  • 作者: 泉 満明
  • 出版社/メーカー: 日本写真企画
  • 発売日: 2018/03/01
  • メディア: 大型本



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「通訳者のひよこたちへ」更新のお知らせ [掲載]

「通訳者のひよこたちへ」第374回がアップされました。
タイトルは『とにかく話し合う』、書籍紹介では
「マーラーを語る:名指揮者29人へのインタビュー」
(ヴォルフガング・シャウフラー著、天崎浩二訳、音楽之友社、2016年)
を取り上げました。

https://www.hicareer.jp/inter/hiyoko/14118.html

よろしくお願いいたします。
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「一貫性がある」ということ [仕事]

先日、とある研修会でかつての教え子と再会しました。
本当に数年ぶりでした。聞けばその研修会で私が
指導していることを知り、わざわざ申し込んでくださった
そうです。事前に受講生名簿をいただいていた段階で、
「あれ?見覚えのある名前だなあ」と思ってはいたのですが、
同姓同名なのかしらとも感じていたのです。けれども当日、
思いがけず再び会うことができ、また、元気な様子を
見られてとても嬉しく思いました。
昔、指導した受講生たちがそれぞれの人生を歩み、
社会に貢献して活躍している姿を見ると、
本当に教師冥利に尽きます。

授業終了後、その教え子はわざわざ私のところまで
来てくださり、こう述べてくれました。

「昔、スクールに通っていたときに先生がおっしゃって
いたことと、今日、教えてくださったことは
すべて一貫性があって、本当によくわかりました。」

彼女いわく、私が授業中に述べたこと、
たとえばアウトプットで気を付けることや
声の出し方、お客様のことを考えることといった点が
昔の私のそれとぶれていなかったのだそうです。

私としては取り立てて意識していたわけでは
ありませんでしたので、このフィードバックは
うれしかったですね。なぜなら私が
この仕事をする上で一番重視するのは、常にお客様の
ことだからです。それが私の指導に反映されていて、
そのメッセージが教え子に伝わったのであれば、
これ以上の喜びはありません。

「一貫性がある」ということ。

これは指導に限らず、色々な部分にあてはまることだと
思います。

たとえば音楽。

私は指揮者のマリス・ヤンソンスが大好きなのですが、
マエストロのCDを聴き比べてみてもやはり一貫性があると感じます。
目下、気に入って聞いているのがマーラーの交響曲第一番。
ロイヤル・コンセルトヘボウであれ、オスロ・フィルであれ、
バイエルンなど、ヤンソンスがタクトを振るマーラーの一番は
何点かあります。

しかもどのオケであれ、ヤンソンスが導くメロディには
一貫性があるのです。もちろん、個々の楽団に
それぞれ音色などの特徴はあるでしょう。
けれどもそれはそれとして、ヤンソンスが奏でるテンポ、
雰囲気などは一貫しているのですね。

それだけに、たとえ同じマーラーの一番であっても、
指揮者が異なってしまうと、どうも私は違和感を覚えるのです。
多様な指揮者・楽団の演奏を聞いた方が世界も広がるのでしょう。
それはわかっているのですが、私としては、
一貫性のある演奏に安心します。
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旅先の新聞 [日々の暮らし]

先日、日帰りで神戸まで出かけてきました。
訪問先で私が必ず帰京前にすること。
それは「現地の新聞の入手」です。
今回も新神戸駅の売店で神戸新聞を買いました。

神戸新聞を読むのは初めてです。それどころか、
新聞の存在自体をそのとき初めて知ったのでした。

地元の新聞を買ってまず最初にすることは、
紙面の上端に書かれている創刊年をチェックすることです。
「第三種郵便物許可」という文字などが書かれています。

ちなみに日経新聞の上を見ると、我が家に宅配されるものであれば
「13版 第47678号 (明治25年3月29日第三種郵便物許可)」とあります。

13版の「版」とは、新聞が作られた時間帯のことです。
宅配をする場合、地域を問わず、ほぼ同じ時間帯に
配達する必要がありますよね。よって、印刷工場から
自宅が遠ければ、早く締切を設けて印刷せねばなりません。
つまり同じ新聞でも配達地によって微妙に紙面のレイアウトが異なっていたり、
ギリギリで最新ニュースが入っていたりということも
あり得るのです。私は埼玉県在住ですが、同じ日経新聞でも
都内の同日朝刊を見ると少し異なることに気づかされます。

一方、「第三種郵便物許可」とは何でしょうか?

「第三種郵便物」とは、定期刊行物を郵送する際に
使われる分類です。郵便料金が安く設定されています。
ちなみに大まかにわけると第一種は通常の手紙、第二種ははがきです。

神戸新聞に話を戻しますと、神戸新聞が第三種の認可を受けたのは
何と明治31年。西暦では1898年ということになります。
当時の世界の出来事を見てみると、米西戦争、第1次大隈内閣成立、
アメリカがハワイを準州として併合、オーストリア皇后エリーザベト暗殺
などがあります。

著名人の誕生では、尾崎士郎、井伏鱒二、周恩来など。
死去ではルイス・キャロル、ビスマルク、ジョン万次郎などの
名前が並びます。

こうして旅先の新聞からひとつのきっかけをいただき、
歴史を振り返るのも私にとっては楽しい作業なのですよね。
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 [日々の暮らし]

日ごろ慌ただしい生活を送る中、私にとって欠かせないのは
「非日常の空間に身を置くこと」。具体的には「旅」です。

初めての一人旅は18歳のときでした。東京から一泊二日で行けて、
のどかな雰囲気があり、鉄道にも乗れて山や川があり、
温泉を楽しめるところ。そんな条件で地図を見ながら探したのです。

その結果、出かけたのが静岡県にある寸又峡温泉でした。

事前知識があったわけではありません。今のように
インターネットもありませんでしたので、
唯一の情報源は高校の社会科授業で使っていた地図帳。
温泉マークあり、鉄道が山の方に向かって走っているという
理由だけで選びました。

SLにも乗ることができ、いざ寸又峡へ。
宿は到着後、確か飛び込みで決めたと記憶しています。

ところが当時は女性の一人旅など珍しい時代。
なぜか女将さんが非常に心配されていたのが印象的でした。
「大丈夫ですか?」といった言葉を始め、なぜ
この街に来たのかといった質問も受けました。
どうやら私が思い悩んで旅に来ていたと思ったらしいのですね。
「若い女の子だし、何か間違いがあっては」という
親心だったのかもしれません。当の私はといえば、
初の一人旅でワクワクしていたのですが。

後でわかったのですが、寸又峡温泉では1960年代に
大きな事件が起きていたのですね。旅行した当時、私は
そのことを何も知りませんでした。この事件は社会問題として
当時、大きく世間を揺るがせたそうです。

一方、私はと言えば、人生初の一人旅を10代の終わりに
経験したことで、その後の人生観も大きく変わりました。
今でも仕事が一段落つくと旅に出たくなります。
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「放送通訳者直伝!すぐ使える英語表現」更新のお知らせ [掲載]

第188回はdown to the wireという単語です。

https://www.hicareer.jp/inter/housou/14088.html

どうぞよろしくお願いいたします。
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思い切って行動する [仕事]

このブログでも以前紹介した認知行動療法の大野裕先生。
日経新聞では毎週、大野先生のコラムが掲載されています。
先日は「心配でも少しだけ頑張ろう」というタイトルの文章が
出ていました。

印象的だったのは、次の一文です。

「あまりに心配になり行動を制限しすぎると、
できなかったという体験だけが残り
自信をなくしかねない。だから、心配なときにも
思い切って行動して、どのような結果になるかを
確認する必要がある。」

これは通訳者になりたての頃の私がまさにそうでした。

難しい案件を引き受けてしまい、当日が近づくにつれて
どんどん不安になっていったのです。

「やっぱり私には無理なのではないか?」
「どうして安請け合いしてしまったんだろう」
「私程度の通訳力ではお客様に迷惑をかけてしまう」

こうした思いが頭の中を占めるようになってしまったのです。

当時は携帯電話も普及していませんでしたので、
何を思ったのか、私は真夜中にエージェントの事務所へ電話していました。
「ダメです、できません、降ろさせてください」と
言うためでした。ところがもちろん、夜中ですので誰も
出ません。仕方なく翌朝、私はトボトボと会場に向かったのでした。

あれほど不安だったものの、実際通訳業務が始まってみると、
自分が想像していたほど困難というわけではありませんでした。
つまり、大野先生の述べるところの「思い切って行動」をして、
その結果、「確かに予習は大変だった。でもやってみて
良かった」と思えたのですね。

そう考えると、大事なのは「不安に押しつぶされず、
まずは取り組んでみる」ということになります。
スマホもメールもない時代であったがゆえに、
自分の通訳者としての道が開けていったのかもしれません。

(日本経済新聞2018年11月19日より)
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「通訳翻訳ジャーナル」に掲載されました [掲載]


通訳翻訳ジャーナル 2019年1月号

通訳翻訳ジャーナル 2019年1月号

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: イカロス出版
  • 発売日: 2018/11/21
  • メディア: 雑誌



「働き方改革」特集に掲載されました。

「放送通訳 X 大学講師 X 執筆業 3つのキャリアが互いに好影響を生む」
というタイトルが付けられています。31ページです。
お時間がございましたら、お手に取っていただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。


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