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ゲシュタルト心理学 [日々の暮らし]

自分一人で生きているのであれば、周囲から色々と
振り回されるような経験は軽減できるでしょう。
けれども人は他者と関わり合いながら生きなければ
なりません。楽しいことももちろんあります。
けれども嫌な思いをすることも避けられないのです。

たとえば、自分には非がないと思っているのに
意外な言動を相手がとった場合、人はとても困惑します。
悲しくなったり、その人に対して怒りを抱いたりします。
なぜ自分だけこのような目に遭わねばならないのかと
思うのですね。

あの時何か私がまずいことを言ったかしら?
そんなつもりはなかったんだけど、もしかして
それで怒ってる?

どうやら別の件でこの人はとても気分を今
害しているようだけれど、でもなぜ
そのとばっちりを私が受けなきゃいけないの?

このような思いが頭の中をグルグルするのです。

周囲の空気を読まないようにすれば、「人は人、自分は自分」で
乗り切れるかもしれません。私は子供のころから
非常に人目を気にするタイプでした。相手の表情や
ことばのトーンなどに対して必要以上に
神経をとがらせていたのです。それは今も変わりません。
ただ、通訳という仕事をしていると、そうした「空気を読む」
「相手のイイタイコトを想像する」のは
訳出をする上で大切です。むしろ重宝すべきことです。

けれどもこれもTPOをわきまえてうまく使い分けないと、
心身が疲弊してしまいます。私も人間ですので、
独り相撲でくたくたになることがあります。

どうしたものかしらと調べたところ、「ゲシュタルチ心理学」なるものが
存在することをしりました。「私は私、あなたはあなた」
という考えが根本にある心理療法だそうです。
まだ詳しく読んでいないのですが、ネットで検索すると
たくさん出てきます。初めて知った分野ですので、
これからいろいろと読み込みたいと思っています。

通訳者気質ゆえに人間関係で疲労困憊になることも、
その一方で、通訳準備に必要な「リサーチ」のおかげで
新たな世界を知ることができました。人生捨てたものではありません。
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曖昧表現を言い換えてみる [日々の暮らし]

数か月前、国際政治学者・高橋和夫先生の著作を読み、
非常に影響を受けました。国際情勢への洞察もさることながら、
その文体が実に明瞭かつ簡潔で、わかりやすかったのです。

なぜ理解しやすかったのか、私なりに考えてみました。

まず、一文が短いことが挙げられます。
そして二つ目は、曖昧な言い回しが少ないことでした。

私たちは普段文章を書く際、あるいは何かを口頭で表現するとき、
相手を傷つけまいとしてついついあいまいな文末にすることが
あるように思います。具体的には、今、まさに私が
書いた「あるように思います」がその例です。
「あります」と言い切れば良いのでしょう。
けれども「『あります』って言ってしまって良いのかな?
そうではないケースもあるだろうし」と躊躇してしまい、
つい文末を濁してしまうのですよね。

曖昧表現が多いのが、投書欄、とりわけ世情について綴った
文章です。

「世間ではAという現象が起きているようだ」
「しかし私はBという方法を提案したい」
「そうすることで世の中もCという状況に
変わっていくのではないだろうか」

このような具合です。これらを書き換えてみると、

「世間ではAという現象が起きている」
「しかし私はBという方法を提案する」
「そうすることで世の中もCという状況に
変わるはずだ」

ここまで断言することを、なぜか恐れてしまうのですよね。

子どもの頃に暮らしたイギリスで先生によく言われたのが
「あなたの考えを言いなさい(書きなさい)」というものでした。

曖昧表現は日常生活で結構存在します。新聞などにも
見受けられます。最近私は、そうした文章を
あえて断定型に置き換えながら音読しています
(ハイ、声を使う仕事なので、音読は日常生活の一部です)。
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マケイン上院議員 最期のことば [英語]

昨日8月28日火曜日に赤坂のTBSにて米CBS Evening Newsの通訳を担当しました。
マケイン上院議員の訃報がトップニュースでした。
一匹狼と言われたマケイン上院議員。
亡くなる前に最後のメッセージをしたためていました。
親友であり選挙戦を共に戦ったリック・デイビスが読み上げています。

https://www.youtube.com/watch?v=k9bu0NqxW4Y

英文はこちらです:

https://www.cnbc.com/2018/08/27/john-mccain-in-final-message-before-death-says-do-not-despair-of-our-present-difficulties.html

私はマケイン氏とオバマ氏が一騎打ちとなった2008年大統領選挙のときも
放送通訳業に携わっていました。当時マケイン氏の副大統領候補は
サラ・ペイリン氏。当時は「うーん、どう見ても勝利はオバマ陣営」と
思ったものでした。「一匹狼」「ベトナム戦争で捕虜になった」という点以外、
マケイン氏について私自身よく知らない状態だったのです。

けれども、昨日のCBSで当時のマケイン氏の集会映像を見て
驚きました。支持者がたくさん集まったその集会で、
とある女性がオバマ候補を批判した時のこと。
マケイン氏は自分にマイクが再び渡されると
批判の内容に対して「そんなことは無い。
むしろオバマ氏は偉大な大統領になるだろう」と
称えたのです。

その時、聴衆のとっさの反応はブーイングでした。
敵を徹底的に批判するのが通常のアメリカ大統領選挙です。
それなのに相手を称えるというのは、マケイン・ファンにしてみれば
受け入れられなかったのですよね。

けれどもマケイン氏は、「自分とオバマ氏との間で考えの違いは
ある。けれどもオバマ氏も国のことをちゃんと考えている。
当選すれば立派な大統領になるだろう」とエールを送ったのでした。
その翌日、オバマ氏もこのコメントに対して謝意を表しています。

本当に勇気のある人は、自分の弱さを認めます。
虚勢を張らず、相手の長所をありのまま受け入れ、称えます。
相手を称賛することは、決して自分の敗北ではないのですよね。

今、世界が大きく揺れ動いているからこそ、上記の
マケイン氏最期のメッセージはすべての人に読んでいただきたいです。
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「メンドーくさい」とのバトル [日々の暮らし]

私が敬愛する方のおひとりに佐藤初女さんという方が
いらっしゃいます。おむすびや手作りのお料理で
悩める人々を自宅に受け入れ、活動していらした女性です。
数年前にお亡くなりになりましたが、初女先生の本は
たくさん出版されています。本を通じて多くの刺激を私は
受けました。

著作の中で先生が繰り返し述べておられることがあります。
「面倒くさい」という言葉が嫌いであるのだ、と。

大変なことであっても、たとえ体が辛くても、
面倒と思わないようにする。とにかく取り組む。

それを生前心がけていらしたのでした。

日常生活において何かやらねばならないとき、
私もついつい「面倒だなあ」と思ってしまうことがあります。
自分が疲れているから、エネルギーを要するから、
今ほかのことに熱中しているからなどなど、理由は様々です。

けれども「めんどくさい」ということばは、
実は自分に与えられたチャンスの扉を閉じてしまうことでも
あるのですよね。ちょっとだけ力を出して行動してみたら
案外世界が広がったということもあるはずですのに、
それを自ら封じ込めてしまうのが「面倒くさい」という
ことばだと思うのです。

人は言い訳づくりの天才(?)です。
「面倒くさい」とバトルしつつ、私もなるべく
フットワークを軽くしたいと考えています。
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体験レッスンのお知らせ [仕事]

通訳学校アイ・エス・エス・インスティテュート東京校にて
下記の通り体験レッスンを担当いたします。
ご興味がありましたらぜひご参加ください。
お待ちしております。

2018年9月26日水曜日19時から20時30分まで

https://www.issnet.co.jp/courses/e_i_index.html#event_info2

なお、10月からは以下のコースを担当いたします:

*本科2 日曜午前・日曜午後
*本科3 木曜夜

https://www.issnet.co.jp/courses/e_i_index.html#event_info6
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NHK「世界へ発信!英語術」掲載 [掲載]

8月28日火曜日の翻訳・解説を担当いたしました。
「カンボジア総選挙 与党が全議席獲得」というニュースです。
お時間がございましたらご一読いただければ幸いです。

https://www.nhk.or.jp/snsenglish/news/n180828.html

よろしくお願いいたします。
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フィードバック [日々の暮らし]

以前読んだ文章で、以下のエピソードがありました。
登場するのは高校生の女の子とその母親です。

ある日のこと。その娘がとある雑誌に寄稿したところ、
掲載されました。社会問題について自らの意見をつづったものです。
掲載誌を手に「これを見せれば母も喜ぶはず」と
娘は母親に手渡しました。

母親は一読して、こう述べたのです。

「うん、よく書けてるじゃない?分析力もあるし、
理路整然としていて論理的な文章よね。お母さんも
昔から文を書くのが好きだったから、あなたも
それを受け継いでいるのよ、きっと。」

その娘は落ち込んだそうです。なぜなら、自分が書いた
内容「そのもの」への反応や感想は全くなく、
単に文章が「上手か下手か」だけのフィードバックだったからです。

私はこのエピソードを読み、考え込んでしまいました。
と言いますのも、私自身、悪気はないものの、この母親と
同じようなフィードバックをしているのではないかと
反省したからです。英作文の添削しかり、課題エッセイしかりです。

上手・ヘタの観点からとらえてしまうと、あたかも
「正解が存在する」という観点で見てしまう
ことになります。

本人が一生懸命書いたのであれば、ミスや理論構成は
ひとまず置いておき、本人が何をどう考えたのかという「意見」の
部分を評価していきたいと思ったのでした。
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正々堂々と [日々の暮らし]

今から10年ほど前、マラソンに凝っていたことがあります。
当時の私は色々と悩んでいたころで、それから逃れるべく
「何か目標を」と思って始めたのでした。
最初のうちはマンションの周りを一周するだけでも息切れする
はめに。ところが続けているうちに5分、10分と走れるように
なりました。そうするうちに大会に出たいと思うようになり、
3キロマラソン、5キロマラソンとチャレンジするようになったのでした。

そのころの目標はホノルルマラソン。
けれどもスケジュールが合わず、なかなか実行できませんでした。
そしてハーフマラソンを2回チャレンジした後に
関節炎に見舞われ、以来、ドクターストップがかかり、
外を走ることはきっぱりやめました。大好きなマラソンでしたが、
仕方ありません。嘆いても関節炎が治るわけではないからです。
幸い、スポーツクラブのスタジオのようなソフトな床であれば
OKということで、運動は続けています。

マラソンをしていたころ、走れば走るほど体脂肪が落ち、
体重がみるみる減るのがわかりました。生まれて初めて
ベスト体重になりましたね。びっくりしました。
会う人会う人に「痩せた?」と言われてうれしくなり、
ますます走ることに精を出していったのです。

ところが走るのをやめるやあっという間に元の体重+アルファに!
しかもストレスが増えたこともあり、大変なことになりました。
それがさらにストレスに拍車をかけます。
何かを食べるたびにカロリーを気にするようになり、
「これ食べたら太るなあ」と頭の中は常時ダイエットモードに
なったのです。そしてますますストレス状態となりました。

せっかくの好物を前にしても「太るか太らないか」ということばかりを
考え、味わうこともできません。
食べたら食べたで後悔という悪循環です。
当時の私は潜在的不機嫌状態でした。

これに終止符を打てたのは、ごく最近のことです。
とある本を読んだおかげでした。以来、好きな物を
堂々と食べようと思うようになり、食に関してのストレスは
一切なくなったのです。読んだ本は「書くだけで30kgやせました」
(大橋健著、宝島新書、2009年)です。単なるダイエット法だけでなく、
物事のとらえ方に新たな視点を与えてもらいました。

考えてみると、ダイエットに限らず、勉強も余暇もすべて
「正々堂々と味わうか」がカギを握るように思います。
「今日は勉強したくないなあ。でもやらなくちゃ」と
グダグダするぐらいなら、正々堂々と休み、その日一日は
目いっぱい遊んでも良いと思うのです。罪悪感を一切
抱かず遊び倒す。そして満足したら、翌日からまた
仕切り直せば良いと思います。

後ろめたさがある限り、ストレスは消えません。
先延ばしも中途半端となり、どれも味わえなくなります。
そうなるくらいなら、遊びまくる、食べまくるもアリだと
私は思うようになりました。
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Aretha Franklin [日々の暮らし]

アメリカの生んだ偉大なシンガー、アレサ・フランクリンさんが
亡くなりました。女性として、黒人として、多くの道を切り開いてきた
フランクリンさんの訃報に多くの人々が涙を流しました。

私はさほど詳しいわけではないのですが、唯一忘れられないのが
George Michaelとコラボした"I Knew You Were Waiting (For Me)"という
曲です。これは1987年のリリースで、日本でも
「愛のおとずれ」というタイトルでヒットしました。

当時の日本と言えばバブル真っ盛り。ブランド物が大流行し、
それこそ「豆腐一丁1000円」などという物が売られたほどでした。
戸建ても1億円以上などざらでしたね。今振り返ってみると、
あの熱気は何だったのかと思います。

動画はこちらです:

https://www.youtube.com/watch?v=fDxzQJaA228

とてもcatchyなメロディで、今聞くと当時の思い出がよみがえり、
一緒に歌いたくなります。

月日は流れ、この動画に出ていたジョージ・マイケルも
2年前に亡くなりました。同じく2016年にはデビッド・ボウイも
亡くなっています。一つの時代を築いた方たちがこの世を去り、
次の世代へと移っているのでしょう。

ちなみに「愛のおとずれ」をプロデュースしたのは
Narada Michael Waldenです。イギリスに暮らしていたころは
こちらの曲がヒットしていました:

https://www.youtube.com/watch?v=txRXPviItwo&list=PLC7F41938C868DD6C&index=1

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一番苦手なことから [日々の暮らし]

気がつけば8月も下旬。世の中も少しずつ新学期に向けて
動いている感じがします。猛暑の季節から紅葉へと
移りゆくのが楽しみです。

この夏休み、個人的に意識したことがあります。
それは家事や仕事など、あらゆる日常生活の場面において
「一番苦手なこと」から着手しようということでした。

私は普段、手帳に毎日やることリストを書き出し、
仕上がるごとにチェックボックスに印をつけています。
それでもやはり、取り掛からないものはそのまま
持ち越しになってしまうのです。
やり残したまま明日を迎えるというのは気持ちの良いものでは
ありません。ひどくなると自己否定や自己嫌悪につながります。

そうならないためにも、「とにもかくにも一番不得手なことから
取り組もう」と強く自分に言い聞かせるようにしたのです。

簡単なことではありません。人間は機械ではないので、
体調の波や気分的なものも出てきます。
それでもなお、目の前の「やるべきこと」を考えつつ、
「この中で一番イヤな作業は何?」と常に自問自答するのです。
それを続けることで、「不得意なことを嗅ぎ分ける力」だけは
備わってきたように感じます。

一番大変なことから始めてみる。
何とか終わらせてみる。

実はそこまでできると、ものすごい達成感を抱けます。
そういう時は心の中で「わ!すごい!やればできるじゃない?
私って素晴らしい」などなど、口に出さずにひたすらひたすら
自己称賛をするようにします。言葉で発すると単なる自慢で嫌味になりますが、
心の中で唱えるだけなら害にはなりません。

ということで、早速今から「今日一番の苦手なこと」を始めます!
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