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他者のための仕事 [仕事]

朝、身支度をしながらNHKラジオ第一放送に耳を
傾けています。他のことをしながら耳から色々な情報が
入るので助かっていますね。ニュースや時事問題解説、
天気予報に交通情報など、朝必要としている様々な項目に
触れられるのがありがたいです。

先日聞いた話題で考えさせるものがありました。
ウィーンからのレポートです。日本人のカウンターテナー歌手が
現地のオペラ界で高い評価を得ているという内容でした。

その方のお名前は藤木大地さん。1980年宮崎県出身、
東京藝術大学音楽学部声楽科をご卒業です。
デビュー直後はテノール歌手として活動なさっていましたが、
30歳の時に風邪をひいてしまい、それ以降、テノール歌手時代の
ような声が出なくなってしまったそうです。

ところがそれを機に裏声で歌うようにしたところ、
自分の中にあるカウンターテナーとしての素質に気づかされ、
以降、転向されたのだそうです。

テノール時代は今一つ活躍の場もなく、それと同時に
「自分中心」という考えから焦りもあったものの、
転向後は「自分のためではなく人のために歌う」ことに
気付かされたということでした。

今ではウィーンの人々から絶賛される藤木さんですが、
最大の「商品」である声に支障が出てしまったという出来事は、
絶望的な心境だったのではと察します。しかし
辛い出来事から逃げず、自らを直視して「他者のため」という
思いが出たからこそ、今の藤木さんがあるのでしょう。

誰のための仕事か。

この部分がはっきりしていれば、きっとすべての人々に
活躍の場がある。

そう考えさせられた朝のラジオトピックでした。

(NHK「マイあさラジオ」2017年5月15日)

自分の強みを考える [仕事]

どうもこのところ、仕事の方法に改善が必要なのではと
思うことが増えています。
おそらく「今までのやり方もキライではなかった。
完全に間違いというわけでもない。
けれどもより良い方法を導入することで
もっと良くなるのではないか」という思いがあるのでしょうね。
良く言えば向上心、悪く言えば自分の中におけるマンネリ感から
生じる危機感の表れなのかもしれません。

こと指導法に関してはあれこれずいぶん読みました。
インターネットで検索すれば、それこそ動画サイトで
素晴らしい指導法を披露して下さる先生方の様子が
見つかります。「うわぁ、すごい!」とただただ
感心しつつ、「自分が中高生時代にこういう先生に
教わりたかったなあ」という思いも出てきます。
どうすればそうした指導法ができるのだろう、
果たして自分のキャラにこの教え方は合っているだろうか、
そんな思いがあれこれと出てきます。

私は現在複数の指導現場で教えていますが、
いずれも科目は実践型の通訳の授業です。理論ではなく
演習を通じて通訳力を高めるというのが目的です。
何年か続けていますが、毎回様々な生徒から多くの刺激を
受けることができ、教えるという仕事の奥深さ、幅広さ、
そして喜びを感じています。ありがたいことです。

けれども、自分自身を向上させたい、現状を打破したいという
思いが強いのは良いとしても、それに圧倒されて
本来自分が持っている強みを消してしまうことに
なるのは、それはそれで辛いものがあります。
私の場合、入ってくるノウハウや情報量が多ければ多いほど、
それまでの自分をつい否定したり過小評価したり
してしまうのですね。

「もっと良くなりたい」という思いは崇高です。
けれどもそれまでの自分の強みを完全否定しては
本末転倒です。

私の強みは何か。
私に「しか」できない方法は何か。

それに焦点を当てた方が、実はお客様、具体的には
受講をする方たちの満足度も高くなるように思います。

逡巡しているさなかというのは辛い時期です。
けれども自分らしさを見極める「勇気」こそ
向上には必要なのではないか。

そのように考えるようになりました。

時には厳しい現実に直面する [仕事]

仕事をしていると、順調に進むこともあれば、
今一つの感触を受けて落ち込むこともあります。
大学卒業直後、パイロット養成訓練を受けている知人から
話を聞いたことがあるのですが、彼いわく、
「落ち込んでいるときはあえて順調な人に近づくように」
と教官から教わったのだそうです。なぜなら
エネルギーのある人からやる気を得た方が上昇できるからです。
落ち込んだ者同士が固まってしまうと、そこから這い上がるのがより難しくなる、
というのですね。なるほどと思いました。

その言葉を聞いて以来、私もなるべく気分が下がって
しまったときは、元気な人からエネルギーをもらうように
してきました。たとえばスーパーのレジに並ぶ際には
元気な店員さんの列を選ぶとか、楽しくなるような
音楽を聞いたり、そうした雰囲気の場に身を置く、という具合です。
それで少しでも上昇スパイラルに入れればと思ってそうしてきました。

けれども、人間生きていれば、時に強烈な現実に
直面することがあります。今まで自分では良かれと
思ってやっていたことが、「実は頓珍漢な思い違いや
勘違いに基づくもの」であることに気づかされたときなどが
その一例です。要は、あまりにも自分自身が世間知らず
だったという現実を突きつけられたときです。

自分としては自信を持ってやっていた。
これで良いと思っていた。
でも、今まで自分の世界だけに生きていたのではないか?
自分の価値観が全てだと思い込み、もっと優れたものを
実は排除していたのではないか?
言い換えれば、完全に自己満足の世界に浸ってしまい、
「他者のための仕事」という大前提を忘れていたのではないか?

そう気づかされた時というのは、正直、こたえます。

ではそういう時どうすれば良いのか?

こればかりは、他力に引き上げてもらうのにも
限界があります。元気な人に近づいたところで
どうなるものでもありません。
自分の弱さ、自分の能力不足にとことん向き合い、
自分がいかに根拠のない万能感だけで愚かにも
進んできてしまったか。

そうしたことを真正面から受け止めるしかないと思います。
謙虚に現実を受け入れ、学んでいくしかないのです。

大学を卒業して長い年月が経てば、「社会人経験」だけは
積むことができます。けれでも、だからと言ってその分
人間として人格者になることができたのかと問われれば
そうとは言えないのです。

まだまだ自分には足りない部分がある。
それはどのような仕事であれ、どれほどその分野において
経験を積んでいたとしても、ただただ
謙虚になって自分の弱さを認めるしかない。

そう思わされる時が、生きていれば人間、
いつになっても起こり得るのだと思います。

時間の捻出法あれこれ [仕事]

手帳術や時間管理術など、一日24時間をいかに
効率的に使うかというテーマを追いかけています。
これまで私自身が試したことを英語学習や
通訳勉強法と合わせてお話する機会も何度か
頂きました。

そうしたセミナーでよく出てくるのが
「どうすれば時間を捻出できるか?」と
「どの教材をやればよいか?」というお尋ねです。

最近上記2点の私の答えは、
「悩む時間を極力減らす」「好きな教材に取り組む」に
集約されつつあります。前者に関しては、
迷い時間というのが最大の時間泥棒だと
思いますし、後者に関しては、好きなテキストであれば
時間を忘れて夢中になれるからです。

私自身、勉強に限らず、「どうしようかなぁ」と
思った時点でまず行動するよう心掛けています。
その時点で最善と思えることを精一杯考えて
実践した場合、あとで後悔する割合も少なくなるように
思えるからです。

ちなみに仕事準備時間をどう生み出すかについては
私の場合、信号の待ち時間や駅のホームも活用しています。
歩行者信号を待っている間は1分ほどですが、
すぐに資料や書籍を取り出せるよう、カバンの
入れ場所にも工夫します。一方、仕事からの帰り道に
次の仕事準備をしていた際、自宅最寄り駅に降り立ったときも、
ホームのベンチに腰掛け、キリの良いところまで
資料を読みふけることもあります。今の時期は
さわやかな気候なので助かっていますが、
真冬の夕方など、あたりは真っ暗、しかも北風びゅうびゅう
などということもありましたね。それでもマフラーに
手袋姿でベンチを占拠!目標ページまで読み切ると
すっきりします。

放送通訳者もツライよ [仕事]

ニュースには実に多種多様な話題が登場します。
ロンドンのBBCワールドで放送通訳をしていたころは
クリントン元大統領の弾劾裁判が生中継されたことも
ありました。モニカ・ルインスキーさんとの不倫事件に
関してクリントン氏が証言したのですが、そこには
具体的な話題があからさまに出ており、非常に
訳出時にためらったことがありましたね。
このような具合に、「自分の人生において一生
発することは本来なかったであろう言葉」を
あえて自分の口から出さなければいけないことも
あるのです。

昨年のアメリカ大統領選も同様でした。
トランプ氏の発言では何が飛び出すかわかりません。
「ええ?こんなことまで言うの?」と思わせるような
ことも少なくありませんでした。今風の言葉で言うならば
「マジでこれを私に訳させる?」という感じでしょうか。

とはいえ、あまりにも「お上品」に訳せば
話者を必要以上に高尚に見せることになりますし、
支離滅裂な論理展開をそのまま訳出すると
「通訳者が間違っているのでは?」と思われかねません。
放送通訳者にとってはツライところです。
「いえいえ、私ども通訳者は聞いた通りに訳しております。
異論がありましたらどーぞ話者ご本人へお尋ねを」
と言いたくなるものの、そのようなわけにもいきません。

2月のNewsweek誌ではまさにこの話題が取り上げられていました。
とても興味深い記事ですので、ぜひどうぞ。

http://www.newsweek.com/worldwide-struggle-translate-trump-557894

その元となったのがThe Japan Timesの記事です:

http://www.japantimes.co.jp/news/2017/02/17/national/japans-interpreters-struggle-to-make-sense-of-trump-speeches/#.WQTyR2e1sdU

気にしない、でも気にかける [仕事]

教壇に立ち、後進を指導するようになって数年が経ちました。
毎年この時期になると新しい受講生との出会いが
あります。志を高く持ち、通訳や英語という学問の世界を
本格的に学びたい方たちに接することができるのは
教師冥利に尽きます。

通訳の仕事も実に奥深いのですが、指導の世界も
非常に多くの気づきと発見があります。
これは何も教員に限ったことではありません。
部下を持つ先輩や上司、子育て中の親も同様でしょう。

ずいぶん前の事。以下のようなことがありました。

授業中、皆がそろってグループワークをしていた際、
今一つ表情が暗い受講生がいたのですね。
声も小さく覇気がありません。その後も何気なく見てみると、
ノートも取らず姿勢も悪く、英語の時間なのに
辞書すら出していない状況でした。いつも笑顔を
見せていただけに気になります。

当時の私はまだ指導の場に出てから少ししか
経っていませんでしたので、「もしかして私の指導法がつまんない?
私が悪いのでは?」とナーバスになりました。
「教材が易しすぎる?それとも難しいのかな?」
「ひょっとして私に反抗してる?」などなどです。

後から考えれば、単にその方の体調不良だっただけ
なのかもしれませんが、教壇から受講生の様子は
実によくわかります。ゆえにかえって私自身が
神経質になってしまったのでした。

その時に得た教訓。

それは「いっときの相手の言動は気にしない。
でも相手のことは気にかけよ」というものでした。

人間関係で相手の言葉や素振りに神経質になりすぎてしまうと
こちらの身がもちません。ただ、相手のことを
気にかけているという姿勢だけは、指導者として
必要なのではと思ったのです。

心のどこかで考え続けることを意識したいと思います。

「アフリカン・パラダイス」 [仕事]

CNNで担当する番組の中にInside AfricaとAfrican Voicesが
あります。シフトでうまく当たれば、その番組を通訳
することになるのですが、私は両番組が好きで、
いつも興味深く見ながら同時通訳をしています。

日本にいるとアフリカの話題はあまり入ってきませんが、
実はアフリカと一言で言っても多岐に渡るのですよね。
番組を見てみると、ITやファッション、各種産業など
本当にバリエーションがあり、それぞれの世界で活躍する
人たちの様子がわかります。特にITの進歩は目覚ましく、
登場する人たちいずれも皆、エネルギーにあふれています。
これからの時代はアフリカが大いに注目される事と思います。

そのようなこともあり、先日興味深い一冊を読みました。
「世界中のアフリカへ行こう」(中村和恵編、
岩波書店、2009年)です。少し前の出版物ですが、
アフリカを様々な観点からとらえた一冊となっています。
巻末にはアフリカを知るための参考資料が一覧で
掲載されています。

ちなみにそのリストには出ていないのですが、目下
私が見てみたいのがベニンの映画「アフリカン・パラダイス」です。
舞台は2033年のアフリカ。アフリカは統一して「アフリカ合衆国」となり
大いに発展中。一方、EUは崩壊して難民が大量発生し、
皆、アフリカへの移民になることをめざすというストーリー
です。2006年に公開されたコメディで、
日本では数年前の映画祭で上映され、大好評でした。
いつかどこかで上映してくれればと思います。

http://www.cinemaafrica.com/?p=662

使える!2段組み [仕事]

文書作成ソフトのMicrosoft ワードは誰にとってもおなじみ
ですよね。私も長年これを使ってきましたが、
いまだに色々な機能があることに改めて直面し、
その都度学んでいます。

ちなみに最近私が気に入っているのは
「2段組み」機能です。ワードを開くと上に
「ページレイアウト」がありますが、その中の
「段組み」をクリックすると何種類か出てきます。
その中の「2段組み」をもっぱら使っているのです。

なぜかと言いますと、ワードで文章を打ち込むと
どうしても横にダーッと広がってしまうのですね。
昔読んだYahoo Newsの文字数に関する書籍に、
「人間が一度に認識できるのは13文字まで」と
ありましたが、その理屈に従うと、横長の一文を
読むよりも2段組みの方が少ない目の動きで
済むことになります。

考えてみれば、通訳者のメモもB5やA4ノートを
縦長に持ち、真ん中に線を縦に引いて使っています。
文字をページの左から右まで書いてしまうと、
右端から次の行の左端に手を移すのに
時間がかかってしまうからです。
2分割にすればその分手の動きも少なくて済みます。

ところで私は図書館でよく本を借りるのですが、
「読みたい本リスト」もワードで作成して保存しています。
こちらも2段組みのワードでの記載です。
図書館へ行く日は最新版のこのリストを印刷して
せっせと館内の自動検索機でお目当ての本を探しています。

とにかく着手あるのみ! [仕事]

新年度というのは毎年何かとあわただしいものです。
全ての物事が「いっせーのせい!」で始まるから
なのですね。とりわけ我が家の場合、夫婦そろって
教員をしていますので、新年度・新学年が始まると
あわただしさも二倍という感じがします。
我が家の子どもたちも進級・進学しますので、
こちらもスタートダッシュということになります。

この時期は各種書類が子どもたちの学校からは配布され、
それらを一気に記入せねばなりません。
緊急連絡先に保健関連の書類など様々です。
毎年毎年同じことを書いていますので、こういうものこそ
デジタル化してほしいなあと思うのですが、
なぜか今の時代でも手書きです。うーん・・・。

大学の授業準備にせよ書類記入にせよ、とにかく
前に進むには着手あるのみです。「大変だ~」などと
悩んでいる暇はありません。

何はともあれ、まずは手を動かして手がけること。

それに尽きます!

・・・ブログ執筆に逃げないように!(←自分への叱咤)

そんなにしょっちゅう行く? [仕事]

早朝ウォーキングに出かける上での
大きなきっかけとなるのが「近所のポストに
郵便物を出すこと」です。ややもすると
「うーん、今朝は寒いし(あるいは夏であれば
暑いし)」とあれこれ言い訳を考え始めては
いかにしてウォーキングをサボろうかと
なりがちになってしまうのですね。よって
手元に投函すべき郵便物があると
「よし!角のポストまでは歩こう!」と思えます。

数年前のこと、家族でイギリスへ出かけた際、
街頭設置のポスト数はやはり郵便発祥の地・イギリスならでは
と感じることがありました。何しろポストが多いのです。

一方、日本の場合、ポスト数自体は少なくありません。
ただ、最近気になるのは収集時間です。
メールの浸透と反比例して、ポストの収集回数が圧倒的に減ってしまいました。
以前は一日4回あった収集も、今は2回ぐらいです。

メールというのは自宅に居ながらにして、
あるいは外出先ならスマートフォンやiPadが
あるだけで今の時代なら確認できますよね。
ちょっとした隙間時間にメールチェックができるのは
本当に便利です。そもそも仕事中にメールソフト自体を
立ち上げたままにしたり、ネットのメールであれば
インターネットのタブ上にメールのページを開けたままに
したりという方も多いのではないでしょうか。
かく言う私もそんな一人です。

ただ、気を付けなければいけないのは、
仕事に煮詰まったときにメールチェックに逃げてしまいかねない
ということが挙げられます。本来であればとことん
集中して仕事をせねばならないときに、その仕事が
面倒だったり疲れたりするような内容だと
メールに走ってしまうのですね。「気分転換」と称したり、
「メールを確認する=仕事をしている」と勝手に自己納得したり
してしまうのが私のパターンです。

けれどもこれをポストとの関係で考えるとこうなります。
「1時間に何度も、街角のポストにまで出かける?」
「1日に何度も自宅の郵便受けや新聞受けを覗きたい?」
という点です。私の場合、答えは「ノー」なのです。

そのようにとらえて以来、メールを確認する回数を
私は「一日2回」と決めました。多くても3回までです。
また、週末はよほどの緊急メール以外は
あえて対処しないようにしています。
さもないと常時お仕事モードになってしまうからです。

オンとオフを上手に切り替えられれば良いのですが、
私の場合、いったんオンになってしまうと
ずーっとエンジン全開になりかねないのですね。

だからこそ、ポストの例えを頭の中に入れつつ、
自分としては境界を設けたいと思っています。