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ウィスパリング [仕事]

通訳方法には同時通訳、逐次通訳、リレー通訳などが
あります。一方、ビジネスミーティングなどで
用いられるのがウィスパリング通訳です。

ウィスパリングはwhisper(ささやく)という言葉通り、
訳をささやく方法です。話者の斜め後ろあたりに
通訳者が位置し、マイクやヘッドホンを使わず
そのまま肉声でおこないます。機材がなくても実施できるため、
便利な方法と言えます。

ウィスパリング通訳をすることがあらかじめ
わかっているときは、直前までの食事にも気を付けます。
家族以外の人とそこまで至近距離で話すことなど
普通はありませんよね。だからこそ、ニオイに意識を
しておかないといけないのです。ニラレバ炒めや
コーヒーなど、香りの強い食事はNGです。
ちなみに歯磨きセットは通訳者の必需品です。

ところでこのウィスパリング通訳、私がこれまで
見聞してきたものは、いずれも話者の近くでそのまま
ささやくというものです。しかし、先日
韓流ドラマを観ていたところ、そこに出ていた通訳者は
口元を隠して通訳していたのですね。

「清潭洞(チョンダムドン)アリス」第12話です。
http://cdda-t.jp/story01.html

韓国ではウィスパリング通訳がこのように行われるのが通例なのか、
それともドラマであることから、特に通訳者の
業務スタイルをリサーチせぬままこのように撮影されたのかは
わかりません。いずれにしても興味深く眺めたのでした。

このドラマはたまたま夜にテレビのチャンネルを
ザッピングしていたところ目にしたものです。
通訳者の姿に興味を抱き、そのまま観続けたのですが、
いきなり第12話からでしたので、話の流れは
ちんぷんかんぷんです。でも早くも次回が気になっています!

海外レポーターの仕事 [仕事]

数年前からタイのテレビとラジオ向けに
海外レポートをしています。
日本からの最新情報やトレンドについて
数分ほど話すというものなのです。
タイの視聴者の方々に日本のことを
もっともっと好きになっていただけたら
との思いで毎回お伝えしています。

レポート方法は実はかなりオーソドックスです。
毎回我が家の固定電話に電話がかかり、
その電話を通じて私はレポートをお伝えしています。
それが現地でどのように放映・放送されているか
わからずにいたのですが、フェイスブックで動画が
アップされていました。↓こんな感じです:

https://www.facebook.com/springnewssuperprimetime/videos/987843628018952/

お時間がありましたら
ご覧いただければ幸いです。

ひたむきに心を込めること [仕事]

先日、久しぶりに朝のウォーキングへ出かけました。
ちょうど今はバラが満開ですので、その日は
「バラ・ウォッチング」をテーマに歩いてみました。

帰り道は行きと異なる道路を選びました。
通勤客がちらほらと増える時間帯です。一方、
朝6時過ぎなのに、すでにとあるマンションでは
せっせと清掃スタッフの方がお掃除を始めていました。
その姿を見て、ふと思い出したことがあったのです。

記憶によみがえったのは、以前私が住むマンションを
担当していた清掃スタッフ・Mさんのことでした。
すでにリタイア世代の方なのですが、
いつもキビキビと掃除をしておられ、
マンションの隅々まで丁寧にピカピカにして下さって
いたのです。雨の日も雪の日も必ず来て下さり、
私たちが気づかないような所もきれいになさっていたのでした。
マンションの住民だけでなく、近所の戸建ての方々とも
挨拶を交わし、朝になると我が家の階下からは
元気の良い挨拶が聞こえてきたものでした。

しかし数年前、マンションの管理会社が変わり、
Mさんもここを離れてしまいました。あそこまで
私たち住民以上にこのマンションを大切にして下さる方は
そうそういないだろうなと、しばらくは我が家全員ショックでしたね。
Mさんがいたころは、きれいにして下さっているMさんを
このマンションの住民も見習い、自分たちの手でマンションを
きれいにしていこうという雰囲気があったように思います。
それだけにMさんがここの業務を終了せざるを得なかったのは
本当に残念でした。

そのようなことをウォーキングをしながら思い出しつつ、
そのマンションを横目に自宅へ帰ろうとしていたときのこと。
「ん?もしかして、あのキビキビしたお掃除の仕方は
かつてうちのマンションを担当して下さったMさんでは?」
と私はひらめいたのです。その背中からは一心不乱と
言って良いぐらい、一生懸命さがにじみ出ていたのです。
良い意味での「気迫」のようなものが漂っています。
かつてうちのマンションをお掃除するときもそのような
お姿でした。

ただ、声を掛けようかどうしようか迷いました。
お仕事中ですし、もし人違いだったら悪いなと思ったのですね。
けれども勇気を出して尋ねてみたところ、
やはりあのMさんでした。

数年ぶりの再会でしたが、本当にうれしかったですねえ。
聞けば、うちのマンションでの契約終了後、
こちらの方を担当されているとのこと、また、隣町の
別の一棟も掛け持ちでなさっているなど伺いました。
当時幼かった我が家の子どもたちも大きくなり、
進学・進級したこともお伝えすると、涙ぐんで
喜んでくださいました。

数年前の契約終了時にささやかながら我が家4人で
寄せ書きのようなメッセージカードを管理会社へお送りしたことが
あるのですが、それを覚えていてくださり、
そのカードを励みに70過ぎても頑張っていますと
Mさんはおっしゃっていました。「いえいえ、私たち一家の方こそ、
Mさんが毎朝元気なあいさつでマンションを
きれいにして下ったおかげで、どれだけ毎日
エネルギーを頂いていたことか。本当に感謝しています」と
お伝えすることができました。

Mさんを思い出すたびに、仕事とはどうあるべきかを
考えさせられます。

ひたむきに心をこめること。

これに尽きると思います。

放送通訳で重宝していること [仕事]

ニュースが好きな私にとって放送通訳業というのは、
challengingな難易度ではあるものの、本当に
やりがいを感じます。唯一の予習方法は、とにかく
最新ニュースに触れていること、新聞をよく読むこと、
日本語の時事用語をスラスラと言えるようにすること、
といった具合でしょうか。そして勉強の合間に
各国の歴史や文化、習慣などを知識として取り入れることも
必要です。要は、目の前のものすべてが学びになるのですね。

ところでシフト当日に私が重宝するのは、
GoogleやCNN、BBCなどのニュースサイトです。
APや時事通信などの通信社が配信するニュースも
欠かせません。

そしてもう一つ、大いに参考にしているのが
図解説明です。長文の記事を読む時間がないときほど、
視覚的にわかりやすく説明された図は重宝します。

調べ方としては、グーグルなどの検索サイトで
キーワードを入力し、ワンスペース空けて
「図解」や"graphics"などのキーワードを入れます。

最近はトランプ政権とロシア疑惑のニュースがもっぱら
多いのですが、誰と誰がどういう関係なのか今一つ
複雑でわかりません。そういう場合も「トランプ ロシア 相関図」
と入力するとたくさんヒットします。

なお、参照する際に気を付けるべき点としては
信頼できる情報筋にあたること。それこそ今は
fakenewsが出回っている時代ですので、
大手通信社などのサイトで確認することが大切です。

「放送通訳者厳選!俗語辞典」 [仕事]

放送通訳者として私がデビューした当時のアメリカは
まだクリントン政権でした。モニカ・ルインスキーさんの
事件があったり、ヒラリー夫人が医療改革に関わって
失敗したりと色々なことがありましたね。

その後ブッシュ政権となり、アメリカの同時多発テロが発生。
世界が緊迫化していきました。

オバマ政権誕生時には希望も見えた世界でしたが、
その分、様々なことがグローバル化のあおりを受けて
複雑になっていったように思います。

そして2016年の大統領選挙ではトランプ氏が当選、
今日に至っています。

クリントン、ブッシュ、オバマ大統領の頃の大統領演説は
通訳をする上で難易度の差異はあったものの、
私にとってはいずれも世界を鳥瞰図的に見る機会でした。
特にオバマ大統領のスピーチは詩的であり、
同時通訳を必死にしつつも、その瞬間に立ち会えて
光栄だと感じました。

一方、現在のトランプ大統領に関しては、色々な面で
前例のない状態だと言えます。トランプ氏の
スピーチを始め、様々なニュースがこれを書いている今も
現在進行形で続いています。氏の演説だけを取り上げてみれば、
必ずしも私自身の世界観や英語力面での刺激になっては
いないのが実情です。特に俗語表現や稚拙な言い回しが
トランプ氏に関しては少なくありません。
そしてそういったニュースを解説するコメンテーターの
口からも同様のフレーズが出てきます。つまり、
私が放送通訳の中で使うボキャブラリーも随分変わってきたのです。

通訳という仕事をしていると、必ずしも自分自身が口にしたい言葉
ばかりを述べられるわけではありません。思想面で話者と共感するのが
難しかったり、言葉として個人的に発したくない話題だったり
ということもあります。けれどもそれは仕事の一部です。覚悟はしています。

けれどもニュースのたびに「ん?聞いたことがない表現だけど、
どういう意味?」と辞書を引くたびに、語義の冒頭に
「俗語」マークが出てくると、つい脱力してしまうのですね。

今後4年間、この政権が続くという前提で考えると、
それこそ「放送通訳者厳選!トランプ俗語辞典」が
一冊できあがるかも、などと考えてしまいます。

・・・出版社スタンダードから考えると企画倒れとは
思いますが・・・!

ワークライフバランス [仕事]

最近新聞には「働き方改革」という言葉がよく出てきます。
これまでも日本では「ワークライフバランス」という考えを
どう普及させるか、試行錯誤が続けられてきました。
働き過ぎによる心身の不調、過労死や自殺対策など、
総括的な意識転換が求められているのが今の日本です。
プレミアム・フライデーが導入されたのもその一環と
言えるでしょう。

随分前、イギリスに暮らしていたときのこと。
公認会計士事務所に勤めている知人から
興味深いエピソードを聞きました。いわく、
公認会計士や弁護士などは時間単位でお客様に
報酬の請求をするのだそうです。たとえば
お客様から電話で相談を受けた場合、
会話を始めてから10分でいくら、
30分間のコンサルティングなら何某かの金額、
という具合です。つまり、たとえ電話で雑談を
していたとしても、いざ具体的な仕事のトークに
なった場合、「ここから料金が発生しますが、
よろしいですか?」と確認するのだそうです。

消費者に対して提供側がサービスをする。
そしてそれに対する正当な報酬、ということですよね。

ただ、通訳者の場合、この線引きは簡単なようでいて
容易ではありません。と言いますのも、通訳業に関して
見てみると、「今現在、見聞することすべて」が
いつか役に立つかもしれないのです。

通訳業では仕事の依頼を受けて通訳当日になるまでの
準備時間に何をするかが当日の出来不出来を左右します。
ただ、日数も限られていますので、日頃から
当該の業務の予習をしつつも、様々なことにアンテナを
張り巡らせ、実際に経験したり本を読んだりすることも
仕事の一部なのですね。

この仕事を長年続けている先輩方や同僚などを見てみると、
私を含め、皆、好奇心があり、「勉強が好き」という方ばかりです。
すなわち「学び続けること」が自分たちにとっての
生き甲斐でもあるのです。

そうなると、通訳の仕事におけるワークライフバランスは
極めて線引きが難しくなります。
「これからはメリハリを付けてワークライフバランスを
図るように」と仮に国から言われてしまったとしても、
この仕事が好きである以上、勉強をやめたいとは思いません。
私の敬愛する指揮者・ヤンソンス氏も、指揮をすることが
自分の使命だと語っており、ビーチに出かけてのんびりすること
などは選択肢にないと述べていました。

働き過ぎて心身を摩耗させては元も子もありません。
しかし、もしその仕事がその人にとって多大な幸せをもたらし、
本人自身がハッピーであれば、それはそれで良しとすることも
必要なのではないか。

生き甲斐を感じながら仕事をする人は、
無意識でいつつもその「覚悟」があるのかもしれません。

リーダーの姿 [仕事]

これまで毎年秋になると来日していた指揮者のマリス・ヤンソンス氏。
残念ながらロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団のマエストロの座を
離れたため、今では隔年になっています。
昨年はバイエルン放送交響楽団を率いてのコンサートでした。

私がヤンソンスのファンになったのはロンドン留学中の1993年。
当時マエストロはロンドン・フィルの客員指揮者、50歳の頃でした。
それまで指揮者という仕事についてあまり私自身、詳しくなかったのですが、
ヤンソンスの振りの美しさにすっかり魅了され、以来、
追っかけとまでは言いませんが、来日時には欠かさず
聴きに行っています。・・・あ、追っかけはしていましたね。
留学終了後にウィーンのザルツブルク・フェスティバルにまで
聴きに出かけたことはありましたっけ。

ヤンソンスの振りはとにかく優雅で華麗。楽団員の
各パートに花を持たせる、そんな印象です。
インタビュー記事を見ても謙虚さがにじみ出ており、
お人柄が伺えます。

1993年当時はノルウェーのオスロ・フィルの首席指揮者でした。
79年から2000年までオスロを率いている間、
このオーケストラを国際的なレベルにまで育て上げたのもヤンソンスです。
その仕事ぶりを雑誌記事で読んだことがあったのですが、
ヤンソンスは楽団員に対しても気さくに接し、
練習時には一緒に椅子を出したり片づけたりしていたと
出ていました。

指揮者というと怖いイメージがそれまでの私にはあったのですが、
こうして楽団員と意思疎通を図り、自分を信頼してもらうことこそ
リーダーには求められることなのではないか。
そのようなことを私は感じました。

海外のビジネスパーソンが日本に来て驚くことの一つに
「社長や管理職が部下と同じ社員食堂で食事をしている光景」
なのだそうです。会社によっては社長が率先してオフィス近所の
掃除を皆でやったりすることもあるでしょう。

「そこまで下がる必要はない。リーダーは効果的に統率すること
だけを考えれば良い」という考えも確かに存在しますが、
風通しを良くしてリーダーを信頼してもらうことも
組織を前進させるうえでは必要だと私は考えています。

他者のための仕事 [仕事]

朝、身支度をしながらNHKラジオ第一放送に耳を
傾けています。他のことをしながら耳から色々な情報が
入るので助かっていますね。ニュースや時事問題解説、
天気予報に交通情報など、朝必要としている様々な項目に
触れられるのがありがたいです。

先日聞いた話題で考えさせるものがありました。
ウィーンからのレポートです。日本人のカウンターテナー歌手が
現地のオペラ界で高い評価を得ているという内容でした。

その方のお名前は藤木大地さん。1980年宮崎県出身、
東京藝術大学音楽学部声楽科をご卒業です。
デビュー直後はテノール歌手として活動なさっていましたが、
30歳の時に風邪をひいてしまい、それ以降、テノール歌手時代の
ような声が出なくなってしまったそうです。

ところがそれを機に裏声で歌うようにしたところ、
自分の中にあるカウンターテナーとしての素質に気づかされ、
以降、転向されたのだそうです。

テノール時代は今一つ活躍の場もなく、それと同時に
「自分中心」という考えから焦りもあったものの、
転向後は「自分のためではなく人のために歌う」ことに
気付かされたということでした。

今ではウィーンの人々から絶賛される藤木さんですが、
最大の「商品」である声に支障が出てしまったという出来事は、
絶望的な心境だったのではと察します。しかし
辛い出来事から逃げず、自らを直視して「他者のため」という
思いが出たからこそ、今の藤木さんがあるのでしょう。

誰のための仕事か。

この部分がはっきりしていれば、きっとすべての人々に
活躍の場がある。

そう考えさせられた朝のラジオトピックでした。

(NHK「マイあさラジオ」2017年5月15日)

自分の強みを考える [仕事]

どうもこのところ、仕事の方法に改善が必要なのではと
思うことが増えています。
おそらく「今までのやり方もキライではなかった。
完全に間違いというわけでもない。
けれどもより良い方法を導入することで
もっと良くなるのではないか」という思いがあるのでしょうね。
良く言えば向上心、悪く言えば自分の中におけるマンネリ感から
生じる危機感の表れなのかもしれません。

こと指導法に関してはあれこれずいぶん読みました。
インターネットで検索すれば、それこそ動画サイトで
素晴らしい指導法を披露して下さる先生方の様子が
見つかります。「うわぁ、すごい!」とただただ
感心しつつ、「自分が中高生時代にこういう先生に
教わりたかったなあ」という思いも出てきます。
どうすればそうした指導法ができるのだろう、
果たして自分のキャラにこの教え方は合っているだろうか、
そんな思いがあれこれと出てきます。

私は現在複数の指導現場で教えていますが、
いずれも科目は実践型の通訳の授業です。理論ではなく
演習を通じて通訳力を高めるというのが目的です。
何年か続けていますが、毎回様々な生徒から多くの刺激を
受けることができ、教えるという仕事の奥深さ、幅広さ、
そして喜びを感じています。ありがたいことです。

けれども、自分自身を向上させたい、現状を打破したいという
思いが強いのは良いとしても、それに圧倒されて
本来自分が持っている強みを消してしまうことに
なるのは、それはそれで辛いものがあります。
私の場合、入ってくるノウハウや情報量が多ければ多いほど、
それまでの自分をつい否定したり過小評価したり
してしまうのですね。

「もっと良くなりたい」という思いは崇高です。
けれどもそれまでの自分の強みを完全否定しては
本末転倒です。

私の強みは何か。
私に「しか」できない方法は何か。

それに焦点を当てた方が、実はお客様、具体的には
受講をする方たちの満足度も高くなるように思います。

逡巡しているさなかというのは辛い時期です。
けれども自分らしさを見極める「勇気」こそ
向上には必要なのではないか。

そのように考えるようになりました。

時には厳しい現実に直面する [仕事]

仕事をしていると、順調に進むこともあれば、
今一つの感触を受けて落ち込むこともあります。
大学卒業直後、パイロット養成訓練を受けている知人から
話を聞いたことがあるのですが、彼いわく、
「落ち込んでいるときはあえて順調な人に近づくように」
と教官から教わったのだそうです。なぜなら
エネルギーのある人からやる気を得た方が上昇できるからです。
落ち込んだ者同士が固まってしまうと、そこから這い上がるのがより難しくなる、
というのですね。なるほどと思いました。

その言葉を聞いて以来、私もなるべく気分が下がって
しまったときは、元気な人からエネルギーをもらうように
してきました。たとえばスーパーのレジに並ぶ際には
元気な店員さんの列を選ぶとか、楽しくなるような
音楽を聞いたり、そうした雰囲気の場に身を置く、という具合です。
それで少しでも上昇スパイラルに入れればと思ってそうしてきました。

けれども、人間生きていれば、時に強烈な現実に
直面することがあります。今まで自分では良かれと
思ってやっていたことが、「実は頓珍漢な思い違いや
勘違いに基づくもの」であることに気づかされたときなどが
その一例です。要は、あまりにも自分自身が世間知らず
だったという現実を突きつけられたときです。

自分としては自信を持ってやっていた。
これで良いと思っていた。
でも、今まで自分の世界だけに生きていたのではないか?
自分の価値観が全てだと思い込み、もっと優れたものを
実は排除していたのではないか?
言い換えれば、完全に自己満足の世界に浸ってしまい、
「他者のための仕事」という大前提を忘れていたのではないか?

そう気づかされた時というのは、正直、こたえます。

ではそういう時どうすれば良いのか?

こればかりは、他力に引き上げてもらうのにも
限界があります。元気な人に近づいたところで
どうなるものでもありません。
自分の弱さ、自分の能力不足にとことん向き合い、
自分がいかに根拠のない万能感だけで愚かにも
進んできてしまったか。

そうしたことを真正面から受け止めるしかないと思います。
謙虚に現実を受け入れ、学んでいくしかないのです。

大学を卒業して長い年月が経てば、「社会人経験」だけは
積むことができます。けれでも、だからと言ってその分
人間として人格者になることができたのかと問われれば
そうとは言えないのです。

まだまだ自分には足りない部分がある。
それはどのような仕事であれ、どれほどその分野において
経験を積んでいたとしても、ただただ
謙虚になって自分の弱さを認めるしかない。

そう思わされる時が、生きていれば人間、
いつになっても起こり得るのだと思います。