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小泉信三「読書論」より(その4) [日々の暮らし]

小泉信三は25歳から29歳までヨーロッパで学んだそうです。
時代は第一次世界大戦の最中。ケンブリッジで春学期の勉強を終えて
ロンドンに出向き、大英博物館内の図書館に日参し、
読書をしたと記しています。今のBritish Libraryは
キングス・クロスに移転していますが、昔は大英博物館内の
ドームの下が図書館だったのですよね。ちなみに現在、
そのドームの真下はカフェやギャラリー、ショップなどに
なっています。

当時はのどかな時代でしたので、その日のうちに本を
読み終えることができなければ、そのまま机の上に置いた状態で
退館できたそうです。小泉はそうして「資本論」という大著を
読み終えています。

「とにかく私は大英博物館の所蔵本を借りだして毎日読んだ。
それを当時どの位まで理解し得たかは疑問であるが、
ともかくも怠らず読んだ。」(p152)と綴っています。

ところで小泉はロンドン滞在中、市内中心部のRussell Squareから
少し北に行ったTavistock Squareの下宿で暮らしていたそうです。
昔、この界隈は裕福な商人の家があったそうで、それは
サッカレーの「虚栄の市」に出ていると小泉は記しています。
しかし、小泉が暮らしていた1910年代は「怪しげな女たちの
住む一地区となり、その辺に住んでいると、人に吹聴できるような
場所ではなかったらしい」(p150)とも記しています。私が
大学院時代に暮らしていた寮はまさにこの地域にあったのですが、
今から100年ほど前に小泉たち日本人留学生がここで
暮らしていたのだと思うと、感慨深いものがありますね。

小泉はロンドンの日々の暮らしについても記述しています。
朝食後は歩いて大英博物館へ。読書室でお昼まで本を読み、
下宿に帰り、昼食をとってからまた大英博物館で読書。
閉館時間まで過ごしたとあります。一方、夜になると夏の間は
Langham Placeに当時あったQueen's Hallまで行き、
指揮者ヘンリー・ウッドのプロムナード・コンサートに
出かけたことも記しています。これは今の夏の風物詩、プロムスの
前身です。Queen's Hallは第2次世界大戦中の1941年5月、
ロンドン大空襲で爆撃され、破壊しました。今、同じ場所には
St. George's Hotelが建っています。ご興味のある方は
こちらをどうぞ:

http://www.westendatwar.org.uk/page_id__111_path__0p2p.aspx
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小泉信三「読書論」より(その3) [日々の暮らし]

理想的な読書環境として、小泉氏は「大きな机」と
「大きな部屋」を挙げています。部屋が大きければ、
読書の途中で考え事をしつつ、歩き回ることによって
思考を深められるからというのがその理由です。

一方、机に関しては次のように記しています:

「真に一物を留めぬ机、しかも相当に大きな机に
向かうことは、不思議に心を落ちつかせるものである。
町の物音のしない朝の間の書斎で、塵を払った机に向かえば、
文字の意味は吸い込むように胸に入り、
筆を執れば、いくらでも思想が湧いてくるような
気のするときがある。」(p114)

私も大学図書館内の研究個室をよく利用します。
その机は大きいのですが、私の場合、必要なもの以外は一切置かず、
インターネットとの接続も断って読書をすることが
あります。雑念を払いながら読書に集中できるので助かっています。

一方、小泉氏は、何か思いついたら横着せず、すぐにメモを取ることも
大切だと書いています。「あとで」としてしまうと、
あっという間に忘れてしまいますので、メモ用紙と筆記用具は
必須です。

こうしたヒントも今の時代、大いに参考になります。
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小泉信三「読書論」より(その1) [日々の暮らし]

「読書論」(小泉信三著、岩波新書、1950年)を読みました。
経済学者・小泉信三は福澤諭吉の薫陶を受け、
後に45歳で慶応義塾塾長に就任しています。
最近の新書はあっという間に絶版になってしまうのですが、
本書は名著と言われるだけあり、今でも版を重ねています。

私にとって印象的だった箇所は沢山ありました。
たとえば、日頃の忙しさにかまけてしまうと、
読書を出来ぬまま一生を終えてしまうというのは
まさにその通りです。「ツイ手近かの雑誌や新聞に
漫然目を走らせることが多く、読書らしい読書ができないで
終わることになるであろう」(p8)とあります。

「いやしくも読書を志すものは、読書の用意と計画を
持たなければならぬ。そうしてその計画の中に、
つとめて多くの古典を入れよ、と私は言うのである。」(p8)

これは神谷美恵子先生の言う「古典を読みなさい」に
通じます。

もう一つ、小泉氏の文章から:

「つとめて古典を読むことと共に、私はつとめて
大著を読むことを勧めたい。(中略)それを
読むことによって、吾々は単にその書の内容を
知るばかりでなく、辛苦耐忍、いわば格闘して
ものを学ぶという、貴重な体験を得るのである。」(p16)

実業家・執行草舟氏も、若いころにトインビーの
「歴史の研究」という大著を読み、それが自らの人生に
大きな影響を与えたと書物で記しています。

「本を読んで物を考えた人と、全く読書しないものとは、
明らかに顔がちがう。(中略)偉大なる作家思想の大著を
潜心熟読することは、人を別人たらしめる。それが人の顔にも
現れることは当然であろう。」(p18)

このようにも述べています。人格を作るということなのでしょうね。
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Be your own master [日々の暮らし]

私の読書は極めて流動的です。ある本を読んでいて
何か面白そうなキーワードに遭遇すると、
そのトピックに関する本を探します。このようにして
芋づる式に読んでいきますので、関心事は
まるでアメーバのごとく広がってしまいます。
後になって「はて、何がきっかけだったっけ?」と
思い起こそうとしても思い出せないことなどしょっちゅうです。

先日読んだ本はイギリスのスポーツマンシップに関する
一冊でした。別の書籍で明治時代に来日した外国人の話題があり、
その中にフレデリック・ストレンジというイギリス人が
日本のスポーツ界に大きな影響を及ぼしたと
出ていたのです。Frederick Strangeという人名を頼りに
大学図書館の検索機で調べたところ、阿部生雄著
「近代スポーツマンシップの誕生と成長」
(筑波大学出版会、2009年)という本にありつきました。

巻末索引でストレンジを引くと、かなりの頁を
割いていました。それによると、ストレンジは1853年
ロンドン生まれ。University College Schoolを
卒業後、ケント州のThanet Collegiate Schoolを経て
準学士をオックスフォード大学地方施行試験部から与えられ、
来日しています。1875年のことでした。その後、
東京英語学校の教員となり、
学生たちに英国式スポーツを教えたようです。

当時、ストレンジの影響を受けたのが武田千代三郎でした。
武田は1882年に東京大学予備門に入学し、ストレンジと
出会います。武田は陸上や漕艇で活躍した選手であり、
後に恩師ストレンジについても書き残したそうです。
日本に「駅伝」を普及させたのも武田でした。

阿部氏の本には武田がストレンジから教わったとされる
次の文章が出ています:

“Be your own master;
be your own champion.
Do what is right;
do what is just.
‘Do' above all, what is noble."

日本語でも「正々堂々」という言葉がありますが、
それと合わせてnobleという単語があるところが
実にイギリス的だと感じました。

ちなみにインターネットで調べたところ、ストレンジは
心臓発作によりわずか35歳で亡くなり、青山霊園に埋葬されて
います。また、東大構内にも記念碑が設置されています。
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文字が読めないということ [日々の暮らし]

先日、とある放送局で通訳をする機会がありました。
本番まで時間があったため、控えの場所に案内されると、
そこの壁には他局の画面がスクリーンに
映し出されていました。

そのうちの2つの画面にはハングルが出ていました。
一つはニュースを放映中で、どうやら韓国の
テレビ局のようです。ロゴを見ると「YTN」とあり、あとで
調べたところ、ニュース専門のテレビ局であることが
わかりました。途中でCMも流れるのですが、
日本と似ているなと思いましたね。
どこのメーカーかはわからなかったのですが、
炊飯器のCMが印象的でした。

それにしても「文字が読めない」というのは、
ここまで情報が入らないのですね。ニュース画面から
「どうやらヒアリの話題らしい」「交通事故かな」
「天気予報は何となくわかる」という具合で、
絵やイラスト以外はまったくわかりませんでした。
情報隔離状態です。

ちなみにスクリーンのうちのもう一つも
ハングルでしたが、こちらは北朝鮮のテレビ局でした。
ハングルが出ているので、韓国の他局かと思ったのですが、
字体が明朝体のような感じで、映し出されていたのも
農業や工業を促進する映像だったのです。それで
北朝鮮なのではと思ったのでした。

さらに見続けていると、ニュースが流れ始めました。
カメラを真正面に見据えてキャスターが話して
いましたので、これで北朝鮮だとはっきりわかりましたね。
また、スタジオの背景セットに描かれた
世界地図も印象的でした。朝鮮半島には軍事境界線が
描かれておらず、一色に塗られていたのです。
北朝鮮が朝鮮半島や韓国をどうとらえているのかが
わかります。

文字が読めないというのは大きな情報格差になりますが、
それでも文字以外から気づくことはたくさんあると
思った出来事でした。
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縦書き、なくなる? [日々の暮らし]

私は手書きで文章を書くのは好きなのですが、
唯一苦手とするのが「縦書き」です。
結婚式に招かれた際、受付で記帳しますが、
縦に書くというだけで緊張したものでした。
今でもご祝儀袋に書くのは苦手ですね。
手書きのお礼状も目上の方にお出しするのであれば
縦書きにしたいところですが、ついつい横書きの
便箋を選んでしまいます。

ところで日本語は縦書き横書きどちらも用いていますが、
これだけ横書き文化になった今、果たして
縦書きは生き延びられるのでしょうか?ふと
そのようなことを最近感じます。と言いますのも、
専門文献や学術書などを読んでみると、
横書きの製本が増えているように思えるからです。

かつて日本では横書きを右から左に読んでいた
時代がありました。今では左から右ですよね。
そう考えると、縦書きそのものが廃れていくことも
考えられなくもありません。

ことばの仕事に携わる私にとって、これは
興味深いテーマとなりそうです。
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明るくなった? [日々の暮らし]

我が家はマンションですので雨戸がありません。
遮光カーテンを使っていますが、それでも
就寝時にはカーテンの隙間から光が差し込みます。

ここ1年ほど、どうもその光が明るいような気が
しています。反対側のマンションの共同廊下の蛍光灯が
明るくなったのかしらと確認したのですが、
昔のままです。何だろうと考えてみたところ、
階下の道路の街灯がLEDに代わっていたことに
気付きました。

防犯的観点からすれば、道路が明るいのは安心です。
イギリスに暮らしていた時など、街灯がうすぼんやりした
橙色でしたので、夜の帰宅時は不安でした。
駅から歩いて帰れなくもない距離だったものの、
タクシーにあえて乗ったこともあります。

街の明るさについて気になったので調べたところ、
「LEDが眩しすぎる」という意見がネット上に結構ありました。
「月明かりの下を歩きたい」という方や、
「暗闇がなくなるのが嫌だ」というコメントもありましたね。

ちなみに発達障害で色に敏感な方にとって、
LEDの光は非常に辛いのだそうです。目に刺してくるような
感じがするのだと聞いたことがあります。

イギリスにはCPRE(Council for the Protection of
Rural England)という機関があり、そちらのホームページには
light pollutionのマップがあります。

http://nightblight.cpre.org.uk/maps/

一方、鳥取県は最近「星取県」を自称し、
星の見えやすさをPRしています。星がよく見える
というのは光害がないということですよね。
確かに夏休みに鳥取へ帰省した際、
久しぶりに暗闇を味わうことができました。

興味のある方はこちらをどうぞ:

http://www.pref.tottori.lg.jp/266985.htm
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エネルギーの温存 [日々の暮らし]

日ごろ早朝シフトで働いているため、通勤時の
電車はとても空いています。確実に座れますし、
車内も静か。乗客の顔ぶれもほぼ同じです。

先日のこと。久しぶりに夕方のシフトに入ったのですが、
いやはや、帰路の車内混雑に驚きました。
大学卒業後、就職した当初はこうした電車ばかりに
乗っていたものの、しばらくご無沙汰してしまうと
体が追い付きません。「うわ!そもそも乗れるかしら?」
とホームで並んでいた時から不安になりましたし、
車内に入ってもどこに立てば一番安定しているか
わからずじまいでした。

そう考えると、早朝シフトに入れていただけるというのは
私のような混雑が大の苦手な者にとって、
本当にありがたいと思います。先日のような
帰宅時ラッシュの電車に乗っただけで、自宅に着いたときは
疲労困憊だったのです。仕事の疲れよりも、
人混みで大いに消耗したのでした。

混雑や行列は昔から不得手だったのですが、ここ数年、
私の場合、特に顕著になっています。どれほど
おいしいと評判のお店でも行列がある時点でアウト。
子どもたちが小さいころ、アミューズメントパークへ
出かけたものの、丸一日いたのに結局乗れたのはアトラクション
わずか3つでした。行列や人混みを避けることが
私にとって最大のエネルギー温存ということになります。

ところで先日、須藤元気さんのインタビューを読んだ際、
興味深い一節を目にしました。

「人にどう見られているか考えるのって、
すごくエネルギーを使うんですよね。
その部分をなくしてしまえば自分のやるべきことが
見えてくるし、他人の意見も受け入れられるようになる。」

本当にその通りだと私も思います。人は人、自分は自分。
その根っこがしっかりしていれば、さらに
心のバランスも保ててエネルギー温存につながると思うのです。

(「COMMONS PAGE」Vol.11、三井不動産株式会社発行)
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「SATELLITE」 [日々の暮らし]

先日面白い写真集を見ました。佐藤健寿著「SATELLITE」
(朝日新聞出版、2015年)です。これは人工衛星が
とらえた街や地形が収められた写真集で、世界各地の
興味深い風景が楽しめます。

特に惹かれたのは、「真上」から街や風景を
とらえていたことでした。斜め上から撮影した写真というのは
おなじみですが、真上から撮ると、高層ビルも高さが
わからなくなるのですよね。公園、川、海、建物などは
識別できますが、高低は不明となるのが特徴です。

たとえばイギリスのチェルテナムにある政府通信本部。
真上から見るとその建物はまるでドーナツです。
かつてドイツの暗号「エニグマ」を解読した
ブレッチリー・パークを前身とした政府機関は、
今でもテロ情報などの監視を続けています。

一方、チリにあるアタカマ塩原は、上から見ると
エメラルドが散りばめられたような色彩となっています。
オランダの畑をとらえた一枚は季節が春。
チューリップが満開です。

考えてみたら、「真上から撮影する」というのは
最近のinstagramでもおなじみですよね。
食べ物だけでなく、街や地形などダイナミックな規模で
同じようにとらえるのも興味深いと思った一冊でした。
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為末大選手のことば [日々の暮らし]

陸上で数々の功績を打ち立てた為末大選手。
日経新聞のスポーツ欄には定期的に為末選手のエッセイが
掲載されています。今日は、その中から印象的だった
ことばをご紹介しましょう。

10月3日火曜日の朝刊に出ていたのは「若く才能ある選手へ」
というタイトルです。周囲からの期待を背負った
若手選手たちへの応援メッセージが綴られています。
中でも次の文章が印象的でした。

「もし一定期間伸び悩んだら、自分への期待を
一度下げ、置かれている現状から再スタートすべきだ。」

「現実からスタートし直すことは最終的にいい結果を生む。
過去をなかったことにするだけで、現在に集中できるからだ。」

私も通訳者をめざしていたころ、なかなか実力がつかず、
困ったことがありました。何をどうやっても結果に
至らなかったのです。そういう時は焦ったり
投げ出したくなったりするもので、私も途方に暮れたことが
ありました。

けれども、そうした時こそ自分への期待を思い切って
下げた方が良いのでしょうね。高みを望みすぎるからこそ
苦しいのです。それならいっそ現状を受け入れた方が楽になりますし、
次の一歩を踏み出しやすくなります。

スポーツにせよ英語の勉強にせよ、考え方には共通点が
あります。スポーツ界の方々のことばは、とても励みになります。
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