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東京の水 [英語]

先日、有楽町の東京国際フォーラムへ出かけたところ、
駅寄りの広場に水飲み場を見つけました。近づいてみると、
「東京の水」と看板があります。日本の水は安全、安心で
おいしいということをPRしていました。

「水」をキーワードに思い出すことはたくさんあります。
たとえばイギリス時代。現地の水は石灰が多く、
やかんにはあっという間に白い石灰がこびりついて
しまいます。イギリスではlimescaleと言っていたのですが、
そうした石灰を取り除くグッズが売られていましたね。
たとえばやかんの中にミニたわしのようなものを
ポンと入れておくというものもありましたし、
専用洗剤も販売されていました。インターネットで検索すると
「手作りエコ石灰除去法」のようなアイデアも
見受けられます。

もう一つ水で思いおこすのは、東南アジア青年の船で
アセアン諸国へ研修に出かけたときのことです。
衛生事情などもあるので、生水は飲まないようにと
言われ、日本人参加者は皆それぞれ慎重にしていました。
それでもどこかから生水が体内に入ってしまったのでしょう。
誰もがお腹の不調に見舞われるという洗礼(?)を
受けました。

ところで電子辞書の「成句検索」でwaterを入力してみると、
色々なフレーズが出てきます。たとえば
cast one's bread upon the waters(報酬を当てにせず
善行をする)、the Father of Waters(ミシシッピ川)、
go through fire and water(あらゆる危険を覚悟する)などは
その一例です。
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年表片手に読む [日々の暮らし]

最近私が興味を抱いているのは、第二次世界大戦中の音楽家に
ついてです。作曲家や演奏家など、自分が好きな人物を
中心に色々と文献を読み進めています。

高校時代に履修していたのは世界史でしたので、
私の場合、日本史の知識が今一つおぼつかない状態です。
ですので、こうした文献を読む際には年表を開いた状態で
読むようになりました。我が家には高校生向けの
日本史と世界史の図表があり、いずれも巻末には
詳しい年表が付いているのですね。

本を読むときは、机の片隅にそうした年表を
開いておき、本文中に年が出てくるたびに年表と
照らし合わせます。せっかくですので、当該の国だけでなく、
その他の地域にも目をやると、その当時、世界各地で
どのような出来事が起きていたかがわかります。

こうして自分の興味あるテーマから世界全体へと
視点を移していくと、色々とつながっていくのです。
高校時代に習った暗記中心の歴史項目も、実は
今に至るまですべて継続しているのだなあと
しみじみ感じます。
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アンケートと熟年離婚 [日々の暮らし]

デパートやスーパーなどの入り口付近には「お客様アンケート」が
設置されていることがあります。お店によっては、
そうした意見に店長が一つ一つ回答し、それが
掲示されており、私はときどきそうしたコメントを見ることがあります。

中には建設的な意見もあり、なるほど、このようにして
お店というのはどんどん良くなっていくのだろうなと
思わせるものもあります。消費者と店舗がいわば
協力して、より魅力的なお店にしていくのですよね。
素晴らしいことだと思います。

けれどもその一方で、どう見てもお客様の方に
無理があるなあという意見もあります。
その人個人の嗜好に過ぎなかったり、単に虫の居所が
悪くて怒り任せにストレス発散をアンケート用紙にぶつけていた
と思しきものも見られます。匿名である分、
余計ことばが乱暴になっているようにも見受けられます。

店頭アンケートだけでなく、ネット上のコメントも同様です。
書籍の口コミを見てみると、大絶賛の意見がある反面、
どう考えてもその著者に個人的な恨みがあるとしか
思えないようなきつい文言が掲載されていることも
あります。こちらもやはり匿名あるいはハンドルネームですので、
そうなってしまうのでしょう。

私は職業柄、首や肩のコリがひどいため、ときどき
マッサージ店へ行きます。リラクゼーションサロン
なども今は口コミサイトがありますよね。そうしたものを
見ていると複雑な気持ちになります。と言いますのも、

「スタッフがずっと話しかけてきて嫌だった。
本当は静かにしていたかったのに」

「BGMがうるさかった」

「部屋が寒かった」

などのコメントが書かれていることがあるからです。

おそらく書いた本人にしてみれば、「私は内心こう思っている。
だから察してほしい。察したらしかるべきアクションをとって
ほしい」ということなのかもしれません。あるいは
「せめて私の意向がどうか、確認してほしい」ということも
あり得ます。

けれども私から見れば、こうした小さな不満は、
「その場で」「その人に直接」「即座に」言うことこそが
最大の解決法だと思うのですね。後でコメントとして
文字にするときつい印象だけが文字面からは
醸し出されてしまいます。けれどもその場で言うのであれば、
相手もいることですので、ちょっと気配りさえすれば
角が立たずに伝えられると思うのです。

「今日は静かに施術を受けたいので、よろしいですか?」

「眠りたいのでBGMの音量を少し下げていただくことはできますか?」

「少し寒いのでもう一枚タオルをかけていただけますか?」

このような具合です。

こうした一手間を惜しむ一方で、後になってから
コメントだけが口コミサイトに書かれたとしても、
もはや時すでに遅しだと思うのです。

当の本人(この場合はお店)は何も気づかず、いきなり後で言われるというのは、
まるで不満をずっと隠しておきながら、いきなり
離婚を切り出す熟年離婚の光景のようにさえ思えます。
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いて?とか? [日々の暮らし]

放送通訳の仕事で画面ばかり見ている反動か、
自宅ではテレビをほとんど見ません。
個人的にはラジオが好きなので、ニュースもラジオで
聞いています。

ここ数年、ラジオニュースの日本語にも
注目しています。「ことばは生き物」とよく言われますが、
話し言葉やニュースで使う用語も時代と共に
変化しているようです。自分が子どもの頃と今と比べて
何が異なるか、意識するようになりました。

たとえば、先日聞いたニュースでは次の日本語がありました:

「野党は反発を強めていて、与野党の対決姿勢が強まっています。」

私が気になったのは「いて」の部分です。と言いますのも、
確か昔は「いて」ではなく、「おり」が使われていたのです。
「強めており」という具合です。

もう一つは「とか」です。たとえば、

「住民からは『どこに逃げてよいかわからない』とか
『どうすればいいかわからなかった』などの声が聞かれました。」

これも私の記憶が間違っていなければ、以前なら
「とか」の部分が「や」だったのですね。

このことを分析した論文がないか、インターネットで
調べてみたのですが、今一つそれらしきものがヒットしません。

ちなみにアナウンス原稿ではありませんが、日常会話でよく
耳にするのは、文章の冒頭に「なんか」が付くことです。
「なんか昨日さあ、渋谷に行ったんだけど」
「で、なんかさあ」という文章です。私も無意識に使っていることがあります。
この「なんか」についての分析は、学術論文関連サイトでいくつかヒットします。
キーワードとして「発話ターン開始部」や「ターン冒頭要素」
などが出ていました。ご興味のある方はぜひアクセスなさってくださいね。
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コラム更新のお知らせ [各種連載]

「通訳者のひよこたちへ」第324回はアンケートについて
記しています。書籍紹介は「CD付 作曲家ダイジェスト
ラフマニノフ」(柴辻純子・堀内みさ著、学習研究社、
2010年)です。

http://www.hicareer.jp/inter/hiyoko/324.html

「放送通訳者直伝!すぐ使える英語表現」第163回は
in lockstep with ... です。

http://www.hicareer.jp/english/housou/163.html

どうぞよろしくお願いいたします。
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10分爆睡! [日々の暮らし]

早朝勤務をここ数年続けていることもあり、
朝型人間になってきました。夜7時過ぎになると
だんだん思考能力が衰え、眠気が襲ってきます。
それでもあれこれ手がけてしまうと、
就寝時間が23時などになりかねません。
そうなると4時間半睡眠で早朝の同時通訳ということも。
幸い目覚めは良い方なので、あとはどこかで
睡眠不足を補わねばなりません。

最近は状況さえ許せばなるべく睡魔には抵抗せず、
眠るようにしています。5分でも10分でも、
あるいは寝ないにしても目をつぶるだけでも
私の場合効果があるようです。

実際に眠るときは、体を横たえるのではなく、
机に突っ伏して寝ることがほとんどです。
寝転がってしまうとかなり長いこと寝てしまいそう
だからです。突っ伏しているのであれば、
長くても30分ぐらいで済みます。
最近は眠気を覚えたら10分間タイマーをセットして
眠ります。最大の難点は、おでこの額に手の甲の
あとがついてしまうことなのですが、それでも
10分眠るだけでずいぶんシャキッとします。

寝た後は立ち上がり少し体を動かすと
さらに頭もさえてきます。こうして日中に睡眠不足を
補うことを最近は意識しています。
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イスに注目 [英語]

最近街中で意識して見ているのが「イス」です。
何がきっかけだったのかは覚えていないのですが、
せっかく世の中には多種多様のイスがありますので、
そのデザインを堪能しようと思ったのです。

あえて注目してみると、実に様々なイスがあることに
気付かされます。たとえばカフェの中でも
数種類あり、色や形などまちまちです。
チェーン系のお店でも、こうして何種類かあえて
置いてあったりするのですよね。また、同じ系列店でも
店舗によって異なる事にも気づきました。

先日ランチをとったレストランのイスは肘掛つき。
しかも昔からある建物の中のレストランでしたので、
イスも年季の入った革張りでした。

ところでイスは漢字で書くと「椅子」。
「椅」は「いいぎり」という木の名前で、
桐に似ているのだそうです。漢和辞典には、琵琶などの
楽器や器物を作るのに用いられると出ています。

一方、和英辞典で「イス」を引くと、

chair(一人用で背がある)
stool(一人用で背がない)
bench(二人以上用の長椅子)
seat(座席)

と出ています。また、「いすにかける」は
sit on a chairですが、肘掛け椅子など深く沈み込む椅子の場合は
sit in a chairと解説がありました。

なお、chairの語源はラテン語のcathedra(司教座)から
来ているそうです。
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便利さが不便になったときどうする? [日々の暮らし]

先日のこと。訪問先の駐車場に車を止めました。
個人のお宅で、そこには電動の駐車場用シャッターがあります。
車から降りてシャッターを閉めたときのこと。
何やら調子が悪く、異様な音をたてていました。
そしてシャッターが閉まったまま動かなくなってしまったのです。

さあ困りました。手動のシャッターと違い、にっちもさっちも
動きません。上に引き上げようとしても頑として
微動だにしないのです。

早速シャッター会社に連絡をとったところ、
1時間ほどたってから修理の方が駆けつけて下さいました。
経年劣化による故障だそうです。幸い修理していただいたおかげで
シャッターの扉が上がり、車を出すことができたのでした。

電動シャッターというのはとても便利です。
車に乗ったまま開閉ができますので、雨天時や
道路が混みあっている時なども、ボタン一つで作動できます。

けれども今回のように、開くべきはずのものが開かなくなった
となると大変です。閉まらない方がまだベターです。
なぜなら、車は出し入れできるからです。けれども
閉じ込められてしまったとなると、もはや車を
出すことができなくなります。今回は三連休にも関わらず
迅速に直していただけましたが、もしすぐに来ていただけなかったら
と思うと不安が募ります。

たとえばもし家族で急病人が出て、いざ車で病院へ
というときにシャッターが開かなかったらどうなるでしょうか?
あるいは、これがたとえばアメリカの先日のハリケーンなどの際、
車で脱出しようとしたらシャッターが開かないとなると
命にも関わってきます。

私は2011年の大震災時に携帯電話の電池が切れてしまい、
以後「人工的に作られたもの」を過信しなくなりました。
もちろん、今の時代は優れた技術が出ていますので、
過敏になりすぎることもないのでしょう。けれども
万が一を考えると、やはりオーソドックスな手動のものこそ、
いざというときには大いに頼れるように思うのです。

便利さが不便になったときどうするか。

そのシナリオも日常生活の中で考えるべきと
思わされた出来事でした。
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「発音を変えない」という生き方 [英語]

ふとしたことから指揮者レオポルド・ストコフスキーに
ついて調べ始めたところ、すっかりはまってしまいました。
ストコフスキーは1882年イギリス生まれ。
アメリカに渡った後はフィラデルフィア管弦楽団を
育て上げたほか、青少年の音楽教育にも情熱を傾けるなど、
1977年に亡くなるまで精力的に活動を続けました。

私はラフマニノフの交響曲第2番が好きで最近
よく聞いています。インターネットで探してみると
ストコフスキー版もあり、視聴したのですが、今まで
私が信じ込んでいた解釈とは全く異なり、非常に衝撃を
受けました。同じ作曲家の作品でも、指揮者によって
大きく異なるのです。今まで耳にしていたCD「だけ」が
すべてと思い込んではいけないと感じましたね。

ストコフスキー(Stokowski)の父親はポーランドから、
母親はアイルランドからイギリスに渡った移民でした。
ストコフスキー本人はロンドンで生まれ、中心部の
マリルボーンにある小学校に通っています。ロンドンには
Blue Plaqueという著名人の功績をたたえるプレートが
建物に貼られているのですが、その小学校の壁にも
ストコフスキーの紹介が出ています。

指揮棒を持たず、手だけで指揮をすることを初めて
したのもストコフスキーだそうです。一方、結婚は
3回したそうで、最初の妻に「アメリカで成功するならば、
あえてエキゾチックな雰囲気を出しておいた方が良い」と
助言されています。そのため、ロンドン生まれの
ロンドン育ちであったにも関わらず、あえて生涯
クセのある英語で通しました。

このエピソードは新鮮でしたね。英語を学習していると、
いかにネイティブ風に話すか、どうすれば発音が良くなるか
ということが、こと今の日本にいると重視されます。
けれども、意図的に発音をクセのあるものとして維持し、
それを武器にしていくという考えに私は興味を
抱きました。

ちなみにストコフスキーの3番目の妻はGloria Vanderbilt。
あの大富豪ヴァンダービルトの一族です。グロリアも
複数回結婚しており、ストコフスキーは2番目の夫です。
そして4番目の夫ワイアット・エモリー・クーパーとの間に
生まれた子がAnderson Cooper。そう、CNNのアンダーソン・クーパー
です。

ストコフスキーについて調べているうちに、物事が
あれこれとつながっていったのでした!
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歴史を身近に感じるには [日々の暮らし]

過日のブログで「日本史は苦手」とを書きました。
日本史に出てくる年号が私の場合、いまだに
ハテナマーク状態なのですね。「知らないことを知る」、
つまり自分の無知を自覚することは、勉強の機会を
与えられたことを意味します。ですので、めげずに
「これも一生勉強!」とポジティブにとらえたいと思います。

さて、歴史の時間軸をどう身近にとらえるか。
これは人によって色々でしょうね。「年表が好きで
よく眺める」という人もいれば、「もともと歴史が大好きなので、
時間の流れも世界のその時その時の状況も
大まかに頭に入っている」という方もいるはずです。

私の場合、自分が生まれた後から現在に至るまでの出来事は
身近に感じられるのですが、自分の生前になると
今一ピンと来ません。大正や明治時代となれば
なおさらです。

そこで最近は、「自分が尊敬している人」が
その当時、何歳だったかを考えながらとらえるように
しています。

たとえば私が尊敬する精神科医の神谷美恵子先生は
1914年生まれです。第一次世界大戦が勃発したのも同年。
つまり、先生が0歳の時ということになります。
関東大震災は1923年ですので、先生は9歳、
真珠湾攻撃の1941年は27歳、終戦の1945年は31歳、
という具合です。こうして見てみると、歴史の教科書の
記述も、より身近に感じられます。
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