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良き思い出を支えに [日々の暮らし]

中学2年で6年ぶりに日本の学校に編入した私にとっては、
毎日がカルチャーショックの連続でした。
当時は帰国子女などという言葉自体が珍しく、
転入先の中学校では、学年を超えた大勢の生徒が
「ガイジンがうちの学校に入ったんだって?」と
言いながら私のことを眺めに(?)やってきたほどでした。
廊下から私を覗くや「なんだ、日本人じゃん!」と
言って引き上げていく上級生・下級生を見ながら、
何とも居心地の悪い思いを抱いたものです。

そのようなこともあり、編入5日目にして私は登校拒否!
なじめない学校に行きたくないと言い出しました。
幸い両親の理解のお陰で、電車で1時間ほどの
別の公立中学に編入することができました。
「帰国子女受入れ校」に指定されていた学校です。
毎朝ラッシュ時の人混みにもまれながらの登校でしたが、
良き先生・良き仲間に恵まれ、水を得た魚のごとく
伸び伸びと学校生活を送ることができました。
あの時、無理に私を最初の学校に通学させようとせず、
迅速に転校手続きをとってくれた両親には
今でも本当に感謝しています。

結局、2番目の学校にいられたのは半年だけでした。
と言いますのも、父の通勤に便利な隣の市に
引っ越すことになったからです。そこから中学に通うには
2時間かかってしまいますので、泣く泣く転出
することになったのでした。中3で入った学校は、
これまた私にとってはなじむことができず、
中2の後半時代が本当に懐かしかったですね。

とは言え、そのわずか6か月間に体験したこと、
仲間や先生とのやりとりというのは、数十年経った今でも
鮮明に覚えています。本当に素晴らしい先生が
その中学にはおり、今の私の指導の原点にもなっています。
また、良き友との関わりや、尊敬したくなるような
同学年の友人の存在というのも私にとっては大きく、
今でも思い出しては幸せな気持ちになります。

そう考えるにつけ、大事なのはどれだけ大切な思い出を
心の中に持っているかということなのだろうなあと
考えます。

日常生活で大変なことがあっても、
そうした大切な思い出や記憶を呼び起こすことで、
自分を元気にさせることができる。

そのように私は思っているのです。

投書が掲載されました [各種連載]

The Japan Times STの2017年8月4日号に私の投書が
掲載されました。23ページの「読者の声」コーナーです。
この号の表紙はこんな感じです:

http://st.japantimes.co.jp/backnumbers/?ymd=20170804

機会がありましたらご一読いただければ幸いです。

閉店のお知らせあれこれ [日々の暮らし]

東京の都心部を歩いていると、建物というのは
生き物なのだなあと感じることがあります。
色々なところで再開発がおこなわれているからです。

私が通訳者をめざしていたころ、赤坂・溜池から
アメリカ大使館を抜ける通り沿いにサイマル出版会が
ありました。当時、私にとってサイマルは憧れの
通訳スクールであり、その会社が持つ出版会
というだけで、背筋が伸びるような思いがしましたね。

サイマル出版会があった一画には雑居ビルがたくさん
あったのですが、いつの間にかそこは再開発の対象となり、
今夏には赤坂インターシティAIRという高層ビルが完成します。
私は仕事でこのあたりをよく通りがかるのですが、
ここ数年、日に日にビルが高くなり、外壁が出来上がって
いく様子を眺めてきました。最近、外側を覆っていた
囲いが取り外され、あとは8月の竣工を待つばかりです。

さて、こうして再開発がおこなわれるということは、
取り壊される運命にある建物も存在します。
最近、都内の別の大通りを歩いた際、
「閉店のお知らせ」を掲げた店舗を3件ほど見かけました。
どうやらそれぞれのビルも取り壊されるようです。

閉店のお知らせというのは、一種のもの悲しさが
醸し出されています。文面も店主の思いが詰まっており、
「70年3世代に渡り・・・」「この地で100年の長きに渡り・・・」
という文字が並びます。長年その場で仕事を続けて
きたものの、自分の代で店じまいをせねばならなくなった
という店主の思いはいかばかりかと思います。

・・・と書きながらネットを検索したところ、
何と「閉店のお知らせ」張り紙だけを集めたサイトも
あるのですね。Google UKでshop closure noticeと入力すると、
写真ばかりのページも見つかりました。日本は手書きや
筆文字が多いのですが、イギリスのはワードで書いたものを
印刷したというものが目立ちます。

自分の名前と地名 [日々の暮らし]

昔から地図を見るのが好きで、旅先でもついつい
見入ってしまいます。カーナビも使うのですが、
家族旅行の際など助手席でしばし地図ばかり見てしまい、
「ちゃんと景色を見たら?」と家族から諭されるほどです。

我が家には紙版の地図帳が何種類かあります。
日本地図、世界地図、歴史地図などです。
また、観光局から頂いてきたその地域の折り畳み式地図も
いくつか持っています。

ところで私の楽しみの一つに、そうした地図帳の
索引を眺めることが挙げられます。珍しい地名を
探すのが何とも楽しいのですね。ちなみに
イギリスのスコットランドにはSanachanという村が
あります。私の下の名前のニックネームと同じなのですが、
果たしてどう読むのかはわかりません。
ネス湖はLoch Nessと記し、「ロック」と発音していますので、
Sanachanも「サナカン」かもしれませんね。
なお、このSanachan村はとても美しい田園地帯にあり、
貸別荘もあるそうです。うーん、一生のうちいつか
出かけてみたいですねえ。

気になったのでさらに自分の名前をGoogle Mapで検索してみると、
インドのOdishaというところにSanachanchooという地名が
見つかりました。インド東部カタックの近郊です。
あいにくストリート・ビューはないのですが、
検索したところ、カタックの自治体HPが見つかりました。
そのphoto galleryを見てみると、寺院があり、
自然豊かな地域であることがわかります。

自分の名前をきっかけに世界に目を向けてみるのも
楽しい作業です。旅気分を味わえます。

ポイント・コーナー・セット [英語]

お店や駅などに置かれているチラシは雑学の宝庫。
「雑学」と書くと「雑」の文字が気になりますが、
言い換えれば「知識」にもつながりますよね。
ですので、私はチラシやフリーペーパーなども
立派な学習道具と見ています。

ところで日本では何かのヒントになる際、
「ここがポイント」などという具合で
「ポイント」を用います。また、「読者コーナー」などで
「コーナー」という単語もよく使います。
「初めての人向けスターター・セット」などの「セット」も
よく見受けます。

では英語でこうした単語はどう言うのでしょうか?
ポイントもコーナーもセットもそのまま英語に
なるのですが、何となくニュアンスとしては
別の英語表現があるように思えます。

このような時、私はグーグルの画像検索を使います。
ただしグーグルのアメリカないしはイギリス版での検索です。
早速調べてみたところ、ざっと以下のような感じで
あることがわかりました。

「スターター・セット」は英語ではstarter kit、
「ここがポイント」はCheck this outが主に使われるようです。
一方、「読者コーナー」はreaders forumという表現が
見つかりました。

ちなみに「お便りコーナー」は色々ありましたね。
科学雑誌natureはCorrespondence、
イギリスの週刊誌The SpectatorとThe EconomistはLetters、
アメリカの週刊誌The New YorkerはThe Mail、
アメリカの月刊誌The AtlanticはConversation
となっています。雑誌によって呼び方が違うのが
興味深いですよね。

どこまでが仕事? [仕事]

先日、やくみつるさんの本を読みました。
雑学に関する新書です。やくみつるさんのご活躍は
これまで風刺漫画で拝見したことがあるのですが、
最近の傑作は森友・加計問題の一作。朝日新聞に
掲載されていました。ネットにも画像検索で調べれば
出ていると思います。

さて、やくみつるさんは日ごろから雑学に関心があり、
ありとあらゆるものに好奇心を抱きながら
日々を送られているそうです。私は普段あまり
テレビを見ないのですが、クイズ番組などでは
ずいぶん好成績をたたき出しているとか。
うーん、ぜひとも通訳業界にほしい逸材です。

私自身も毎日の生活の中で、たくさんのことに
好奇心を抱きながら暮らしたいと考えます。
目に入るものすべてが学びの対象だと思っているのですね。
勉強は何も机でカリカリやるだけではありません。
見聞すること体験することすべてが
自分の学びにつながるのです。

そう考えていますので、私の場合、どこまでが仕事で
あってどこからがオフなのかという明確な区分は
ないまま毎日を過ごしています。知り合いのコンサルタントは
クライアントとの電話も10分刻みで料金発生の対象と
なると語っていたことがあります。けれども私の場合、
今、学んだことがそれこそ何年も後になって
通訳現場で役立ったということはありうるのですね。
よって、ワーク・ライフ・バランスというように
仕事とオフを厳密に分けることができません。

仕事三昧で疲弊してしまっては元も子もありません。
けれども、日常生活の中でも「いつか仕事で役立つかも!」
という思いを抱きながら学び続けられるのは、
本当にありがたいことだと思っています。

考えすぎると行動できない [日々の暮らし]

毎日の生活の中では自分が得意なこともあれば、
苦手なこともありますよね。家事ひとつをとってみても
たくさん種類があり、私自身、得手不得手ははっきりと
わかれています。

たとえば私の場合、掃除機掛けや片づけ(モノを捨てること)
などは大好きなのですが、窓ふきやレンジフードの
掃除は限りなくニガテです。以前、お世話になった
美容師さんは「レンジフード掃除?大好きですよ。
年末になると燃えますねえ。ぜーんぶ分解して
徹底的に掃除します」と楽しそうに語って
いましたが、私はその正反対です。

ただ、私はこのレンジフード会話を機に
「その作業が好きでたまらない人」の話を聞くのは
大切だと思うようになりました。と言いますのも、
先のレンジフードの場合、美容師さんは「なぜ好きなのか」
「その作業をするとどういう良い気分になれるか」を
教えて下さったのですね。なるほどなあと思わせるものが
あり、大いに感化されたのでした。

もっとも私の場合、だからと言って即得意に大転換、
となったわけではありません。それでも、
その苦手作業をせねばならないときなど、先の
美容師さんを思い出しては自分を励ませるように
なりました。

ふだんの行動において「敬遠したくなること」というのは、
往々にして自分自身が考えすぎてますます嫌になるからだと
私は考えます。「やりたくないあな」「面倒だな」と
思えば思うほど、行動をしづらくなります。
そしてそれに取り組まなくても良い言い訳を
頭の中で列挙してしまいます。そしてさらに
体が動かなくなってしまうのですね。

指導をしていて伸びる生徒は、「あまりゴチャゴチャ
考えず、とりあえず行動する人」です。
たとえば、通訳力向上のために英文法力は
欠かせないのですが、ニガテだからこそとにかく
何でも良いからまずは取り組むタイプの人は
指導学期中の後半に大いに飛躍します。

その一方で「先生~、文法ニガテなんです。
どうしたらよいですか?」と聞き続けて、
結局はアドバイスもやらずじまいになってしまうタイプは
どうしても伸びを見せることができないのですね。

要は、人間というのは深く考えれば考えすぎるほど、
体が固くなって(頭も?)動けなくなってしまうのでしょう。

私自身、あれこれ悩みすぎて行動力を狭めないよう
気を付けたいと思っています。

自分がけなされたわけではなくても [日々の暮らし]

随分前にとあるお客様の通訳をした際、
印象的に思ったことがありました。

欧米の方へのそれまでの私の印象とは、
「単刀直入にモノを言う人」というものでした。
イエスはイエス、ノーはノーをはっきり伝えるものだと
思っていたのです。

けれども、その方は違いました。

相手の言うことをまずは受け止め、同意し、
「確かにおっしゃる通りですよね」
「同感です」と伝えた後、「ただ、私の意見を
述べるならば」ということを英語で丁寧に伝え、
そのあとに自分の主張を展開していったのでした。

その時思ったこと。それは英語であれ日本語であれ、
コミュニケーションを大切に思う人の
心構えというのは、国や言語、文化圏を超えて共通するものが
存在する、というものでした。

世の中には、悪気はなくても「いや」「でも」
「それは違うと思う」という具合に、相手の話が終わるや
否定形で入る人がいます。ことばを使う仕事に携わる私は
色々なコミュニケーション関連の本もこれまで読んで
きたのですが、そうした本には
「残念なケース」がいろいろと紹介されています。
中でも印象的だったのは、以下のケースでした。

AさんとBさんが話をしていました。Aさんには
尊敬するCさんという人がいます。Cさんから
とても良い話を聞いたAさんは、せっかくだからと
Bさんにそのエピソードを伝えたのだそうです。

ところがそれを聞いたBさん、聞き終わるや
Cさんのセリフを冒頭から否定したのです。

AさんにとってCさんは尊敬すべき人物です。
それを頭ごなしにネガティブに言われてAさんは
傷つきました。Aさん自身が否定された
わけではありません。「尊敬するCさん」を
悪く言われてしまい、自分自身もけなされたように
思えてしまったのですね。

なるほどなあと思いました。

私たちは、特に悪気もなく日常生活で会話をしていますが、
上記のように知らず知らず相手を傷つけていることがあるかも
しれません。こうしたケーススタディを読むたびに、
自分自身を省みて、直せるところはないか、
改めて考えていきたいと思います。

コラム更新のお知らせ [各種連載]

「通訳者のひよこたちへ」第316回は『せめて伝わる口調で』
というタイトルです。書籍紹介では、「日野原重明 一〇〇歳」
(日野原重明、NHK取材班著、NHK出版、2011年)を取り上げています。

http://www.hicareer.jp/inter/hiyoko/316.html

「放送通訳者直伝!すぐ使える英語表現」
第159回はcome out of the woodworkというフレーズを
ご紹介しています。

http://www.hicareer.jp/english/housou/159.html

お時間がありましたらご一読いただければ幸いです。

苦手なことをひとつだけ [日々の暮らし]

今年も大学の春学期授業が無事終了しました。
今学期は私にとって初の試みとなることをしてみました。
「毎週一冊新書を読んでくる」という課題です。
読むだけではありません。その読後感を実際に持参した本と
共にグループ内で発表するということをしてもらいました。
学生たちは実によく読んできてくれましたね。
様々な新書が学期中には話題となり、私自身、
大きな刺激を受けました。来学期も続けるつもりです。

さて、日々を充実させるうえで私にとって読書は
欠かせないことなのですが、もう一つ最近
意識していることがあります。

それは「苦手なことをひとつだけで良いから
一日一回は取り組む」ということです。

幸い大好きな仕事をする機会に恵まれ、
ささやかながら食や住の面でもありがたい境遇に
います。私にとっての毎日は好奇心と共にあり、
「知らないことを知る喜び」「調べることも仕事のうち」
という環境であることを考えると、本当に
幸せなのだと思います。

だからこそ、一日最低一回は、「自分が苦手なこと」を
するべきだと考えます。「苦手なこと」を
「面倒なこと」と置き換えても良いでしょう。

「あ、床にゴミが落ちている」と思ったとき、
「ま、いっか、そのままで。週末に掃除するし」ととらえるか。
それとも「よし、今、かがんできちんと拾って
捨てよう」と思って行動するか。

これは一瞬の判断なのですよね。

「ま、いっか」と思うのは簡単です。
けれども、その床を見るたびに「さっき拾わなかった自分」を
私の場合、まざまざと思い出します。
しかも「ま、いっか」の誘惑は依然として強く、
そのまま見てみぬふりをし続けてしまいます。

一方、ほんのひと手間をかけて拾って捨てるだけで、
ものすごく大きな達成感を抱くことができます。
「ま、いっか」の度合いが強ければ強いほど、
わざわざ成し遂げた自分を褒めたくなります。

ゆえに一日一回、苦手なことをしたいと考えます。
物事の大小は問いません。

とにかく「普段であればニガテ」と思うことを
一つだけで良いから取り組む。
たったそれだけで、一日わずか数ミリではありますが
前進できるように思えるのです。