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読みたい本リスト [日々の暮らし]

日経新聞はここ数年、電子版の会員が急増している
そうです。最近は技術の発達により、紙版と
同じような誌面レイアウトで新聞が読めるように
なったのですよね。私は大学や通訳学校、セミナー会場
などで「紙版の新聞を読んでいる人は?」と
尋ねるのですが、年々それは減っています。
いつでもどこでも読める電子版の利便性が
評価されるのも、時代の流れなのでしょうね。

それでも紙版に私はこだわっています。
単なるネットニュースと比べて様々な記事に
遭遇できますし、下部の書籍雑誌広告から
思いがけない一冊に出会えることもあります。
気になる記事はビリビリと切り取ってノートに貼って
いるのですが、そのノートがどんどん
膨らんでいくとそれだけで達成感大です。

ところで日本における出版そのものを見てみると、
月刊誌も書籍も週刊誌も販売額自体は
減っています。ただ、私の印象では海外と比べると
日本は日々発行される書籍点数は格段に多い
という印象です。現に新聞の広告欄には毎日
新しい本が紹介されていますし、その本も
早く書店で入手しないとあっという間に
現場から消えてしまうようです。

最近私はもっぱら図書館を活用しているのですが、
読みたい本リストを管理する際、無料の
オンラインストレージサービスDropboxを活用
しています。ワードで「読みたい本リスト」を作成し、
それを常時Dropboxに保管しておくのです。
読みたい本が出てきたらリストに追加して保存。
あとは出先でもそのリストにアクセスさえできれば
図書館の検索機で探せます。

かつては手帳の巻末白紙ページに読みたい本リストを
書いていたのですが、年度が替わり新しい手帳になると、
リストを丸ごと移行するのが大変だったのですね。

ちなみにワードでの作成は2段組みで行っています。
以前このブログでも書きましたが、2段組みにすると
見やすいので助かっています。

もう一つ。Dropboxはこれまで無料版を使っていたのですが、
容量の制限があったため、最近有料版に切り替えました。
年1万円ほどの料金ですが、授業に必要な資料など
どんどん投げ込めて容量を気にせずに使えますので
私にとってはストレスフリーとなっています。

まずWhy?から入ってみる [日々の暮らし]

最近街中を歩きながら道行く人を見ていて
改めて気づかされることがあります。それは
スマートフォンを見ながら歩行する人が
多いことです。急ぎのメールやLINE、気になる情報の
チェックなど、どうしても画面を見たくなる、あるいは
見ざるを得ない状況にあるのでしょう。
それだけ世の中がfast-paced状態になっているのは
事実ですし、寸暇を惜しんででも追いつかなければ
いけないというのも、ある意味では分かります。

けれどもその一方で、もし本人がそれに違和感を覚え、
「追い立てられてばかりいること」が嫌なのであれば、
それはあまりにも気の毒な状況だと思えます。
自分で自分の人生のinitiativeを取れず、
常に何者かに追われる状態で日々があっという間に
過ぎてしまうからです。

このブログで私は何度も「いまだにスマホも
iPadもモバイルPCも持っていない」と書いてきました。
今の時代であればかなりのマイノリティでしょう。
幸か不幸か、自分の日常業務には今の所支障が出ていませんので、
「持たない」という選択肢を維持しています。
けれどもこれがずっと続くとも思えません。いずれ
運転免許証やATMカード、診察券に各種証明書など
すべてがスマホ一台に収められる日も、
そう遠からずやって来ると思えるからです。

その日が到来するまでせめて私がやりたいこと。
それは日々の生活をしっかりと味わい、目の前の物事を
きちんととらえて常に考え続けることだと
思っています。そのためにも何かを見聞した際、
まず第一に「なぜ?」ととらえるようにしたいと
考えます。

目の前の情報や光景など、「ま、そういうもの」と
何となくとらえることも一つの方法です。
けれどもそれでは自分が流されてしまうように思えて
しまうのですね。

だからこそ「なぜこうなのだろう?」「どうして
こういう結果になったのかな?」と常に客観的に
Why?という疑問符を自分に投げかけながら生活したいと
思っています。

・・・もっとも私の場合、別にムズカシイことに
このWhy?を用いているわけではありません。
それこそ街中の看板のロゴを見ては「なぜこのフォント?」、
電動アシスト自転車が多い地域に来れば
「なぜこのあたりには多いのか?」など、
もっぱら身の回りのことに「なぜ?」感を抱くように
しています。

気になる読み方 [英語]

先日車を運転中、いつものごとくAFNを聴いていると、
基地内のお知らせ放送がありました。
日本はまもなく自動車税のシーズン。
「神奈川県職員が厚木基地まで出向き、
基地で働く人たちからの納税を受け付ける期間がある」という内容でした。

厚木基地から毎回レポートを伝えるのは
Captain John Busheyです。ネットで探すと
司令官のジョン・ブシー大佐と書かれています。
ちなみに厚木基地は米海軍の基地です。

その日、ブシー大佐が述べていたのは、
「基地内で手続きしそびれた場合、
6月1日以降であれば自力で県の事務所まで行き、
納税するように」ということでした。
そのとき「6月1日」をone Juneと言っていたのですね。

たまたまなのかどうかはわかりませんが、
通常であればfirst JuneあるいはJune the firstと
言うはずです。軍の中ではこのように表現するので
しょうか?気になったので色々調べているのですが
今一つ見つかりません。

米軍放送を聴いていると、「午前7時」を
zero seven hundred、「午後2時」はfourteen hundredと
言っていますので、one Juneもそうした独自の読み方
なのかもしれません。小さなことではありますが、
つい私など気になってしまい、ジーニアス英和辞典で
oneとfirstを隅々まで読んだほどでした。
が、見つからず・・・。ますます気になりますねえ。

そうそう、余談ですがJohn Bushey大佐のお名前を初めて耳にしたとき、
一瞬「武士」という言葉を頭の中に描いたのでした。

・・・とここまで書いて本ブログにアップロードしようとしつつ、
それでも気になったのでネット検索したところ、
「軍における『時間』の読み方」のサイトは見つかりました。

http://www.artofmanliness.com/2012/10/11/how-to-tell-time-like-a-soldier/

24時間制の表記で、数字の間にコロンは入れないそうです。
よって、「午前2時15分(02:15)」も軍表記では0215、
読み方はzero two fifteenとの説明が出ています。

・・・が、さらに執念で(?)探したところ、見つかりました~!
Wikipediaの説明なのですが、日付の読み方はcardinal(基数)で
読むとありました!

https://en.wikipedia.org/wiki/Date_and_time_notation_in_the_United_States

ふ~、スッキリ!これだからリサーチは止められません!

out of sight, out of mind [日々の暮らし]

上記タイトルは英語のことわざで、「去る者は日々に疎し」です。
かつて私が学んでいた私塾の恩師は
「来るものは拒まず、去る者は追わず」と
述べておられましたが、out of sight, out of mindの一文を
耳にするたびに、師匠の言葉を思い出します。

私は日々の生活の中でchallengingなことに
遭遇すると、いつも3つの選択肢から選ぶようにしています。
「耐える」「去る」「建設的意見を述べる」の3点です。
我慢できることなら耐えれば良いのですし、
どうしようもなく辛いのであれば、たとえ
人間関係や現状に支障が出てしまうとしても「去る」という
チョイスも有りだと思います。
一方、「現状の関係も維持したいけれど耐えるのはキツイ」
というのであれば、勇気をもって建設的意見を
言うことが必要でしょう。

それとは別に、out of sight, out of mindという
方法もあるのではと感じます。

たとえば自分の所持品。

「買った当時はストレスにさらされていて、欲しくもないのに
つい買ってしまった」という状況だとします。
そのアイテムを気に入っていれば良いのですが、
それを見るたびに当時の辛い日々が思い出されてしまう場合、
その商品は自分に幸せをもたらすどころか、
過去の大変な心境を自分に思い起こさせてしまうのですよね。

もしそうであれば、たとえそれを処分するのが
もったいないと思えても、思い切って捨てることも
必要だと思います。

思い出の品も同様です。

自分が生きているのは「今」だけであり、未来でも過去でも
ありません。これから先を切り開くのも自分。
だからこそ、悲しみや辛い感情が自分を引っ張って
過去に引きずりこませるようなことは避けたいと私は感じます。

モノとのつきあい方を見直し、自分の道を作っていきたいと
思います。

師匠の師匠 [日々の暮らし]

素晴らしい人との出会いがあると、それだけで
日々の自分の生き方も変わってきます。
人生観や仕事観など、その方から学ぶべきことが
たくさんあると、それは憧れに変わるのですね。
そうした出会いを機に自分自身が変わると、
今度は自分の周りに対して新たな自分をお見せすることになります。
そうすることで、たとえささやかであっても、
自分の存在が少しでも他の方のお役に立てればと思います。

私は偉人伝を読むのが好きなのですが、そうした書物を
読んでいると共通点があることに気づかされます。
具体的には、「世の中の偉人自身にも、自分の人生を
変えた師匠がいた」という点です。

必ずしも学問上の先生に限ったことではありません。
自分の親の一言で人生が好転したり、
知人との接点により、人生観が変わったりということが
あるのですよね。つまりその人にとってのchangemakerたる存在です。

歴史上の人物を見てみると、ついついその人の功績ばかりに
目が行ってしまいます。けれども、その人自身を
形作った出来事や師匠の存在に、むしろ私は興味を抱きます。

「先生の先生」という方々にスポットライトをあてた本が
あったら面白いなあと思います。

尊敬できる人との出会い [日々の暮らし]

出講先の大学での指導も4年目となりました。
私の授業は2年時から履修できます。よって
初年度に受講した学生たちは今年3月に卒業していきました。
手探りの授業展開を試みる私にとっては
あっという間の3年間でしたね。
中には3年連続で受講してくれた学生もおり、
多くの若い人たちとの出会いは私にたくさんの喜びを
もたらしてくれました。ですので、学生たちの門出は
嬉しい反面、一抹の寂しさも覚えます。

とは言え、季節は春!新たな出会いの時期です。
今年度もエネルギーあふれる学生たちがクラスに
来てくれました。ちょうど2週目が終わったところで、
これからがますます楽しみです。

ところで「出会い」というのは、何歳になっても訪れると
思います。「ずっと同じ仕事を続けていると、なかなか
出会いがない」という気もかつて私は感じていたのですが、
意外とそうでもないのですよね。要は自分のアンテナ次第だと
最近は感じます。

特に「師」とお呼びしたくなるような指導者や
尊敬すべき人との出会いがあると、それだけで自分の人生は
何倍も豊かになると思います。私の場合、大学を卒業した
時点で「ああ、もう先生と呼べるような人との出会いは
ないのだろうなあ」と思ったものでした。
けれども「学び舎」だけが師匠との出会いの場とは
限らないのです。

社会人生活を長年続けていると、「自分以外はすべて先生」
という思いが強くなります。「自分ができないことをする方」は
すべて尊敬に値すると思うのです。

「人生での出会い」というのは思いがけない所に潜んでいます。
尊敬すべき素晴らしい方に出会えるよう、アンテナを
張るとともに、そのような立派な人格者と出会えた際に
恥ずかしくないような人間に自分自身なりたい。

そのように思っています。

コラム更新のお知らせ [各種連載]

「放送通訳者直伝!すぐ使える英語表現」
第153回はtake it on the chinというフレーズをご紹介しています。

http://www.hicareer.jp/english/housou/153.html

「通訳者のひよこたちへ」第304回のタイトルは
「『あなたしかいない』と言われるために」です。
書籍紹介では「決断の瞬間」(大西展子著、家の光協会、2007年)を
取り上げております。

http://www.hicareer.jp/inter/hiyoko/304.html

お時間がありましたらご一読いただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。

同じ「柴」でも! [日々の暮らし]

先日大阪へ出張した際、梅田へJRを使って移動しました。
それまでは地下鉄を利用することが多く、今回は
初めての地上JRです。

大阪へ行くたびにエネルギーの大きさに
魅了されます。東京も元気な街だとは思うのですが、
大阪というのは何と言えば良いのでしょうか、
街全体が活気にあふれているように見られるのですね。
そのような雰囲気の中に自分の身を置くだけで、
たくさんのエネルギーがチャージされるように思います。

新大阪で乗り換えたときも感心することがありました。
新幹線から在来線の改札口を入ると、
ホームへのエスカレーターや階段が斜めに位置しているのです。
新宿駅の場合、通路と階下へのエスカレーターは直角
なのですが、斜めの方が動線としてスムーズのように
思えました。あくまでも個人的な印象ではあるのですが・・・。

さて、新大阪から大阪(梅田)までは一駅。
進行方向左側に立っていると、大きな施設が見えて
きました。しかも私が大好きな「赤レンガ」です。
どうやら浄水場のようです。

さらにスピードを出しつつある電車の中から
目を凝らしてみると私の苗字と同じ「柴」の漢字が。
お~、それだけで親近感大です!交差点の名前は
「柴島」でした。

ところがよく見ると下のローマ字には「Kunijima」と
あるではありませんか。「柴」を「くに」と読むのですね。
知りませんでした!

柴島の水道記念館については下記のサイトが見つかりました:
http://www.city.osaka.lg.jp/suido/page/0000368484.html
設計をしたのは宗兵蔵(1864~1944年)。奈良国立博物館も
手がけた建築家だそうです。

アイスが固い理由 [日々の暮らし]

先日大阪へ出張した際の帰路、恒例の(?)
アイスクリームを車内販売で求めました。
実はこれまでも出張の折に一日の仕事を締めくくる
という意味でアイスを買っていたのですね。
座席に座り、車内販売を待ち、念願のアイスを
食べる瞬間というのは至福のひと時です。
また明日からも頑張ろうという気持ちになります。

以前はアイスだけを単体で買うことが多かったのですが、
先日は駅弁と合わせて購入しました。
ただ、買ってから「しまった」と思いましたね。
と言いますのも、お弁当を食べている間に
溶けてしまうのではと考えられたからです。

しかし、ふと以前のことを思い出しました。
コンビニやスーパーなどで買うアイスと比べて
新幹線で売られているアイスはなぜかとてもとても
固いのです。ふたを開けてから食べごろになるまで
10分ぐらいはかかったと記憶しています。

先の大阪出張からの帰り道ではそのようなことを
思い出しつつ、駅弁を食べ終えました。
そしていざ、アイスクリームを食べ始めてみると
まさに食べごろ、ちょうど良い柔らかさになっていたのです!
実においしかったですねえ。

そこで考えてみました。
もしかしてこれは「駅弁とセットで売られる確率」に
基づいての固さにしているのではないか、と。

それで早速調べてみたのですが、どうやら
理由は別の所にあったようです。
そのメーカーのアイスの場合、もともと乳脂肪分が高く、
空気の含有量が少なくなっています。ゆえに溶けにくいらしいのですね。

なるほど、つまりアイスの特徴自体がそうだったのです。
とは言え、私としては駅弁とセットで買い、
ちょうどよく食べられるタイミングが何とも秀逸に
感じたのでした。

文字の大きさ [日々の暮らし]

先日、大阪へ日帰り出張しました。
大阪はいつ出かけても良いですね。街全体には
ものすごく大きなエネルギーが満ち溢れており、
東京とは異なるオーラを感じます。
街行く人々の装いも華やかでおしゃれ。
都市計画のお蔭か、大阪駅近辺の商業施設は
空間的にもゆったりしており、人込みではあったものの、
疲れさせない快適さでした。

さて、行きの新幹線内でちょっとした出来事に遭遇しました。
私が座っていた座席近くにご高齢のご夫婦がいらしたのです。
どうやらお二人がお探しの座席に私が座っていたらしいのですね。
まさかダブルブッキングなどありえないですし、
過日の某航空会社のごとくオーバーブッキングということも
ないでしょう。結局、そのご夫婦が車両を一つ間違えていたことが
わかりました。

そこで思ったことがあります。それは
これからの高齢化社会に向けて、チケット上の
座席番号をもっと大きく表示してほしいということです。

考えてみれば電車の切符のみならず、最近は
映画やコンサートのチケットも同じような印刷で表示されます。
新幹線の場合は車内も明るくて良いのですが、
映画館やコンサート会場は照明も暗く、あまりよく見えません。
中には遅れて来る方もいらっしゃるので、そうなるとますます暗い中、
自分の席を探すことになります。

ソフトウェアの修正など、色々と手間はかかると思うのですが、
ぜひ今後はもう少し見やすいチケットが世の中に出てくると
助かると思います。