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英文解釈よりも知識を [英語]

私は大学時代に都市社会学を専攻していました。
東京の下町が研究エリアでした。
「再開発のため立ち退きさせられた長屋住民が、
新しい高層マンションでどのような心理状況になるか」というのが
ゼミテーマです。仲間と手分けしてアンケートを作成し、
現地リサーチをしたり分析したりしました。
まだ今のようにワードやエクセルなどない時代です。

ゼミのクラスでは英語の専門書を分担して読み解く作業を行いました。
もともと英語は好きでしたが、社会学の知識は素人同然。
そのような中、Oxford University PressやRoutledgeのような
専門出版社が出す文献を22歳の学生たちが解読して発表するのです。
なかなかチャレンジングでした。

私の場合、そもそもの都市社会学に関する日本語の背景知識はなく、
日本語で書かれた文献も読んでいない状態でした。
英語力「だけ」で構文の解析こそできましたが、そこ止まりです。
「主語がこれで、動詞がここ。that以下はこの単語を修飾している。
・・・ということは、こういう和訳かなあ」ととらえ、
それをそのままゼミで発表していましたね。
クラスメートも同じように苦戦。教授がコピー・配布して
くださった文献の抜粋には、辞書で調べた単語の意味が書き込まれ、
文章の途中は読みやすくするためのカッコなどがびっしりと
記入されていました。

20代後半でLSEへ留学したときも、専門文献の講読は同じ手法をとりました。
ところが何しろイギリスの院は毎週大量の必読文献が示されます。
昔の私のような読み方では到底追いつかないのです。
そのときに痛感したのが「英文解釈の精密さよりも、
もとの内容を日本語で知っていることの大切さ」でした。

LSEでは組織論や動機付け理論、行動学なども学びました。
あのとき「マズローの欲求5段階説」などを日本語で知識として
持っていれば、あれほど文献解釈で苦労しなかったことでしょう。
知識をストックしていたら、もっと院生同士の議論にも積極的に
参加できたと思います。今から思うと、貴重なディスカッションのチャンスを
有効に活用できず、もったいなかったです。

以来、とにもかくにも「まずは母語で知識吸収」が私にとっての
golden ruleになっています。
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