So-net無料ブログ作成
前の10件 | -

東京都水道歴史館 [日々の暮らし]

先日、御茶ノ水の近くにある東京都水道歴史館に行きました。
玉川上水や江戸上水、今日の水の仕組みに至るまで、
幅広く学べる施設です。入館料は無料。たいていの博物館は
毎週月曜日に休館ですが、こちらは毎月第4月曜日と年末年始のみが
お休みです。

色々と興味深い展示があったのですが、私が一番惹かれたのは、
近代の水道でした。明治から大正にかけての時期です。

館内のパネル展示には中島鋭治博士が紹介されていました。
中島博士は東京帝国大学で教授を務めていましたが、
欧米に留学中に東京市で水道を建設するということで呼び戻されています。
そしてできたのが淀橋浄水工場などでした。運用が始まったのは1898年、
廃止されたのは1965年です。その跡地にできたのが、新宿副都心です。

当時は中島博士の他にもお雇い外国人が日本の近代水道に尽力
しています。今のように往来が盛んでなかったころ、
わざわざお国から離れて文化もことばも違う日本で暮らした外国人が
いかに苦労したかがしのばれます。あまり歴史の教科書に詳しく出ることは
ありませんが、そのような日本国内外の人々のおかげで
今の私たちの暮らしがあるのですよね。ありがたいことだと思います。

水道歴史館では色々なイベントも行っています。
ご興味のある方はぜひ。

http://www.suidorekishi.jp/index.html
コメント(0) 

楽しみ方のヒント [日々の暮らし]

駅に置いてあるフリーペーパーが好きで、よくいただいています。
先日入手したのは都営地下鉄のミニコミ誌「ふれあいの窓」です。
すでに276号も出ていることが表紙から分かります。
しかも近年は外国人観光客が増えていることから、
巻末は英語ページです。

4月号(276号)は目黒・中目黒エリアが特集されていました。
数々の魅力的なお店も惹かれたのですが、エッセイも良かったですね。
作家・山内マリコさんがお書きになった「~街中の“かわいい”を
手みやげに~スーベニールを探して」というタイトルです。
今月号の特集エリアである中目黒などについて山内さんならではの
視点からとらえられています。目黒には昔、競馬場もあったのですね。

山内さんいわく、街の楽しみ方のポイントは「直感」だけを頼りにするということ。
よって、本エッセイのルールも以下の通りとなっています:

I. 検索は禁止
II. 地図アプリ禁止
III. 飛び切りのスーベニールを採集すること

うーん、説得力がありますね。私はもともとスマートフォンを持たないため、
上記のIとIIは取り組みようがありません。紙地図だけが頼りです。
勘を働かせて掘り出し物を見つけるというのは、
宝探しのようでワクワクします。そのような感覚を思い起こしながら、
街を歩くのは幸せなひとときだと思うのですね。

楽しみ方のヒントをくれたフリーペーパー。考えてみれば、
この冊子も直感でいただいたものでした。それもまた幸せにつながります。
コメント(0) 

repair [英語]

大学の図書館ではイギリスの週刊誌The Spectatorが配架されています。
アメリカのTIMEやNewsweekとは異なる視点から書かれており、
イギリス英語に触れることができて私は気に入っています。

毎週借りるたびにまず読むのが読者投稿欄。Lettersという名称です。
前週のコラムニストへの賛同や反論もあり、興味深いですね。
最近イギリスでは大学教職員向けの年金カットが
大きな話題となっているのですが、それに対する意見も
ずいぶん見受けられました。

もう一つのお気に入りは芸術関連ページです。
The Spectatorの後半には美術や書籍、音楽などの批評ページが
たくさんあります。3月10日号では戦艦大和に関する新しい本が出たと
紹介されていました。こちらも読んでみたいですね。
ちなみに書名はBattleship Yamato: Of War, Beauty and Ironyで、
著者はJan Morris。出版社はPallas Atheneです。

ところでDale Salwak著"Writers and their Mothers"という本も
紹介文を読むと面白そうです。著名作家の母親が本人たちに
どのような影響を及ぼしたかをつづっている本です。
19世紀のイギリス人批評家ラスキンの母については次のように
書かれていました:

'was lodged as a student in Oxford, his mother took lodgings
herself on the High Street, to which her son repaired each evening,
until he left the university'

ラスキンがオックスフォード大学に入学すると、母親も
わざわざオックスフォードまで付いてきて、目抜き通りに
家を借りたとのこと。そしてラスキン自身も毎晩
授業の後に母親の元を訪ねたというのですね。repairとは「訪ねる」
という意味です。

・・・うーん、「母親の息子離れ」というテーマは、すでに
19世紀からあったのですねえ。

(The Spectator, 10 March 2018)
コメント(0) 

jumbo [英語]

先日、羽田空港へ行く用事がありました。飛行機は幼いころから
大好きで、今でも空港へ行くだけでワクワクします。
特にお気に入りはジャンボ・ジェット機。子どもの頃に乗った飛行機だけに
愛着があります。ただ、省エネ化で今はジャンボ機もほとんど
見かけなくなりました。

それでも羽田空港の国際線ターミナルには時々駐機しています。
海外のエアラインです。その日見かけたのはオーストラリアのカンタス機と
ドイツのルフトハンザ。機体の前方部分が伸びています。これは
英語でstretched upper deckと言います。KLMで働いていたころ、
この機種がお目見えし、翼にwingletが付いたタイプも出始めて
ジャンボの新たな時代になったと感じたものでした。

ちなみにジャンボ機の重さは400トンもあるそうです。
羽田の国際線と国内線ターミナルを結ぶ道路はトンネルを通っており、
その上を飛行機が行き交います。400トンもの重さを支えるトンネル
というのもすごいですよね。

ところでjumboの語源は諸説あるようです。手元の電子辞書には
「19世紀末期London動物園から米国に送られ、P.T. Barnumの率いる
サーカスで人気を呼んだアフリカ象の名からこの語が広まった」とあります。
一方、別の辞書には「Mumbo Jumbo(アフリカ黒人に崇拝された
巨大な偶像)の略。ガラ人の英語jamba(ゾウ)よりという説あり」
と出ています。

なお、「ジャンボ・ジェット」という語が登場したのは1964年です。
ボーイング747旅客機(450席)の別名で初飛行は1969年。一方、
初就航は1970年1月21日、パンアメリカン航空の大西洋路線でした。
日本航空も7月1日から太平洋路線で導入しています。

ちなみに電子辞書の例文検索でjumboを入力したところ、
ウィズダム英和辞典の例文がなかなか参考になりました。

Jumbo jets can make about 1,000 kilometers an hour.
ジャンボ機は時速約千キロで飛行できる

この文章を読むだけでmakeの使い方や「ジャンボの時速は1000キロ」という
知識も得られますよね。
コメント(0) 

「世界へ発信!英語術」 [各種連載]

「世界へ発信!英語術」4月19日木曜日分の翻訳と解説を担当いたしました。

https://www.nhk.or.jp/snsenglish/news/n180419.html

お時間がありましたらご一読いただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。

コメント(0) 

bulge [英語]

先日AFNを聞いていたらbulgeという単語が出てきました。
知っているようで知らない語は気になります。
調べたところ「膨らむ」「膨らみ」という意味でした。
簡単そうで意外と覚えられない単語がこの仕事をしていると
毎日のように出てきます。その都度辞書を引いて勉強です。

bulgeがきっかけで、「では-ulgeという単語は他にあるかしら?」
と気になりました。電子辞書のワイルドカード検索機能を使えば、
こうした悩みは一気に解決です。早速調べたところ、結構ありましたね。

indulge(ふける)はよく耳にするのですが、それ以外は
あまり私自身使いこなせていません。たとえば

divulge(暴く)
effulge(燦然と輝く)
promulge(promulgate[公布する]の古語)

などが挙げられます。ただ、-ulgeで終わる語自体、あまり存在しないことも
ワイルドカード検索でわかりました。

ちなみに固有名詞ではthe Battle of the Bulge(バルジの戦い)があります。
これは第二次世界大戦中の戦いです。この「バルジ」は
ドイツ軍が「突出した」戦線を有しており、その状態を欧米が
bulgeと名付けたことから来ています。場所はベルギーとルクセンブルク、
フランスにまたがる地域です。

第二次世界大戦と言えば、映画「ウィンストン・チャーチル」は
最近私が観た映画の中でもヒット作でした。まだの方はぜひ。

http://www.churchill-movie.jp/
コメント(0) 

5SOSとDuran Duran [日々の暮らし]

私は移動中にAFN(American Forces Network)という
在日米軍向け放送を聞いているのですが、ここではロックやポップスなどが
たくさん流れています。以前はiPodにお気に入りの曲をたくさんいれて
そればかりを聞いていたのですが、ラジオの場合、新たな曲を
知るチャンスとなるのが気に入っています。

数年前から耳にしていて気になっていたのが、最近のバンドが演奏する
とある曲です。どう聞いてもバブル時代にはやったDuran Duranのメロディに
似ているのですね。バンド名も曲名もわからないままで、サビの部分を
聞くたびに「うーん、似ている」とばかり思っていました。
そこで先日、ようやく歌詞の一部を慌てて書き取り、
歌詞サイトで調べたところ、5 Seconds of Summer(5SOS)というバンドであることが
わかりました。曲名は"Hey Everybody!"。
Duran Duranの方は"Hungry Like the Wolf"です。

ネットで検索すると、やはり同じことを考える人がたくさんいました!
しかも5SOS自体がこの曲に関してDuran Duranへの
クレジットを書いています。単なる拝借だけではなかったのですね。

You Tubeには2つの曲のmashup動画もあります。

https://www.youtube.com/watch?v=OM_OZZPVNEg

いや~、傑作!バブル時代を懐かしめます。
コメント(0) 

コラム更新のお知らせ [各種連載]

「通訳者のひよこたちへ」第350回がアップされました。
タイトルは『「誰のために?」を常に』、書籍紹介では
「埼玉たてものトラベル」(埼玉たてものトラベル委員会編、メイツ出版、2015年)を
取り上げております。

http://www.hicareer.jp/inter/hiyoko/350.html

よろしくお願いいたします。
コメント(0) 

ORIS [英語]

たとえば食事中、話し相手の口角にご飯粒がついていたとします。
「ついてるよ」と自分の口角を指で示す際、
相手から見て鏡の状態の場所を指すか、
それとも「相手の右の口角」であれば、自分も「右の口角」を
指すかで迷います。

私の場合、鏡状態になるように指すのですが、どうもそうすると
相手は反対側の口角を押さえることが多いのですね。
「もしかして正しい示し方があるのかしら?」と気になっています。

というわけで、またまた調べてみました。

とある質問サイトに同じ問いが投げかけられていたのですが、
「一番確実なのは、相手の口角近くを直接指すこと」だそうです。
確かにそうですよね。私の場合、自分の口角を指したものの、
相手が逆と受け止めてしまい、それで私が逆を指すと
またその逆という感じで、堂々巡りになってしまいます。
直接ならわかりやすいですよね。

ところで「口角」を和英辞典で引くと、the corners of the mouthと
説明調になっていました。日本語は口と角だけですので、あっさり
していますよね。ただ、英語でも解剖学用語ではangulus orisと
言うそうです。angulusはangle(角度)と同じ語源、ori-は「口」です。

orisと言えば、スイスの腕時計メーカーに「ORIS(オリス)」という会社があります。
創業地はスイスのヘルシュタイン。近くにオリス渓谷があり、
そこから社名を付けたそうです。1904年からある企業です。地図で見ると、
スイス北部バーゼル市の南東にオリス本社は位置しています。
ただ、地図で探したのですが、「オリス渓谷」なるものは見つかりません。残念!
でもHPの写真を見ると実に美しい場所であることがわかります。

https://www.oris.ch/en/how-to-find-us

コメント(0) 

モザンビークのサファリ [仕事]

先日のCNN放送通訳シフトでアフリカ関連の番組を担当しました。
Inside Africaという30分番組です。
このプログラムはアフリカをテーマにしたドキュメンタリーで、
アフリカ大陸の様々な場所で活躍する人たちが描かれています。
見るたびに刺激を受ける番組です。

4月9日月曜日の放送回では、とある夫婦が描かれていました。
アフリカ大陸にはヨーロッパ系移民も多く、そのお二人も
白人系でしたね。Retzlaffさんというご夫妻です。

お二人は結婚後、ジンバブエへ移住しました。しかし当時のムガベ大統領は
土地改革を断行します。これは白人たちの土地を
政府が強制的に差し押さえ、黒人に分配するという政策です。
夫妻の友人たちも土地を奪われ、殺害された者もいました。
一方、飼っていた家畜を残したまま、国外へ避難せざるを得ない人も
いたそうです。

お二人はもともと馬が大好きであったことから、残された馬を
引き取ります。その数は数百頭に上りました。いつかジンバブエへ戻る
友人たちのために、面倒を見ようと決めたのです。

しかし結局、友人らは戻ることなく、その一方で牧草地もなくなったため、
二人は大きな決断をします。国外への移住です。向かった先は夫婦にとって
縁もゆかりもなかったモザンビークでした。

移住した場所では、そもそも地元住民が「馬」という動物を見たことすらなく、
当初は夫妻も大いに苦労したそうです。けれどもその後、交流を図るうちに
地元住民にも受け入れられるようになり、馬を使ったサファリ・ツアーは
大盛況。地元に雇用を生み出すまでになっています。

詳しくはこちらにあります:

http://www.mozambiquehorsesafari.com/

https://www.facebook.com/africanhorsesafari/

HPを見ると奥様のMandyさんは本を出しているようです。私は
番組がきっかけでモザンビークという国や現地に暮らす人たちに
興味が出てきました。ぜひこの本も読んでみたいと思います。
コメント(0) 
前の10件 | -